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  • tootake

卑弥呼は市杵島姫命!!

更新日:6月7日

第340話


前回で、亀岡はかつては湖であり、その湖を干拓したのは周辺の神社の伝承により大国主、大山咋命、月読命、市杵島姫命であったことが分かりますと書きました。


・樫船神社の祭神は、大国主

・請田神社は大山咋命と市杵島姫命

・鍬山神社の祭神は大己貴命(=大国主)

・大井神社は月読命、市杵島姫命 


つまり、大山咋命、月読命、大国主(大己貴命)は同一人物であることが分かります。

第338話では月読命(ツクヨミノミコト)ウツシコオ(内色許男命)であるとしました。亀岡を開拓したのは第330話:投馬国とウツシコオ~丹波(但馬) で書いたようにウツシコオでした。


となると市杵島姫命が天照大神(卑弥呼)である可能性が出てきました。天照大神は高木神と行動を共にしています。卑弥呼は弟と協力して邪馬台国を治めていたようです。

高木神はウツシコオです。卑弥呼(ウツシコメ)の弟はウツシコオです。


そこで、市杵島姫命がウツシコオと共に祭られている神社を探してみました。

さすがにそんな神社はあるはずがないので、猿田彦と市杵島姫命がともに祭られている神社を探してみました。猿田彦はウツシコオです。参照:ウツシコオの名前についての弁明


奈良県のならまちの猿田彦神社(道祖神社:奈良県奈良市今御門町)の祭神は猿田彦命(サルタヒコノミコト)・市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)です。このほか、猿田彦と市杵島姫命を祭る神社は各地ありました。中には猿田彦と市杵島姫命を夫婦としている神社もあります。


椿大神社(三重県鈴鹿市山本町字御旅)は、全国約2千社の猿田彦大神を祀る神社の総本社:伊勢国一宮です。主祭神である猿田彦大神で、

相殿として瓊瓊杵尊、栲幡千千姫命~私が卑弥呼とする人物です。

配祀として天之鈿女命: ここでは猿田彦大神の妻神とされています。

木花咲耶姫命は大山祇の娘です。マシタ姫(真舌媛=市杵島姫命)のことです。


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余談ですが、椿大神社の宮司は山本という名字ですが、猿田彦神社の宮司は宇治土公(うじつちのきみ、後にうじとこと称)という氏姓です。宇治土公は大田命の子孫であるとだけ主張しており、「児島系図」では久斯比賀多命三世孫の久斯気主命を祖としています。倭姫命世記でも「猿田彦神の裔宇治土公氏の祖大田命」大田命の祖として猿田彦命が架上されています。


・太田は呉の勝(スグリ)のゆかりの地です。参照:太田市と遺跡 ~呉の勝

・宇治土公はウツシコオの別名である珍彦(うずひこ)、宇治彦です。

・久斯比賀多命は天日方奇日方命 のことで、やはりウツシコオです。



※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 

※これまでの記事はこちらです。


<目次>



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3 comentarios

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
06 jun
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よく混同される神に、大山祇神があるが別神である。何れも山の神であるが、大山咋神は日枝山の神なのに対し、大山祇神は個々の山というよりも普遍的・代表的存在としての山の神である[3]。古事記では、ひ孫と曽祖父の関係として記されており、大山咋神の父大年神の母神大市比売の父が大山津見神(大山祇神)となる[4]

混同の例としては、三島神社に大山咋神が祀られていたり、逆に日枝神社に大山祇神が祀られている場合が挙げられる。この他に、1702年に撰せられた『神道名目類聚抄』は、松尾大社が酒造の神とされるゆえは無く、梅宮大社の酒解神(大山祇神)と混同されたことが起原であると指摘している[5]。また、前項の賀茂神社の神についても、南北朝時代の北畠親房が記した『二十一社記』は、(松尾神(大山咋神)ではなく)三島神(大山祇神)と同じと記述してしまっている[6]


大山祇神─神大市姫─大年神─大山咋神 よって、大山咋神は大山祇神の曽孫に相当します。


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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
05 jun
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<タケハニヤスの乱>

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タケハニヤスの乱2 ~阿太(奈良県五條市)

タケハニヤスの乱3 ~小人国

タケハニヤスの乱4~大彦は、綏靖天皇

タケハニヤスの乱最終章

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