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ウガヤフキアエズのミコト

更新日:4月6日

第256話


ウガヤフキアエズの命は、古事記では、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(あまつひこ ひこ なぎさたけ うがやふきあえず の みこと) 、日本書紀では、 彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊、古語拾遺では彦瀲尊(ひこなぎさ の みこと)、先代旧事本紀では彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこ なぎさたけ うがやふきあえず の みこと)と表記されます。


玉依姫との間に彦五瀬命、稲飯命、三毛入野命、彦火火出見尊(神武天皇)をもうけたとされています。三毛入野命は私が長脛彦=ウツシコオとする人物です。


日本書紀によると、ウガヤフキアエズの母である豊玉姫は海宮(わたつのみや:舟の中)で懐妊し、海原で産むことはできないと海辺に上がり出産の準備をはじめます。

産屋のすべてを鵜(う)の羽を草(かや)として利用しますが、屋根の頂上部分をふき合わせないうちに生まれ、草(かや)につつまれ波瀲(なぎさ)にすてられた。とあり、この状況からトヨタマヒメが名付けたとされます。


この上記の文で分かってしまいました。ウガヤフキアエズは和歌山県の名草で生まれたのです。波瀲(なぎさ)は名草です。名草の由来について紀伊続風土記(1839年完成)に「ある説では渚の意味なり」と記されています。

トヨタマヒメが草(かや)から名付けたとされることから、草で名づける:名草という地名になったのです。


また、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命という名前の中に「高日子」がはいっています。

高日子はアジスキタカヒコネ(以下:高日子根)と関連した名前です。アジスキタカヒコネは「今迦毛大御神(いま・かものおおみかみ)と謂ふぞ」とあります。大御神とは最高神という意味です。迦毛は鴨(カモです)、今の鴨の大神(高日子)はアジスキタカヒコネで、依然の高日子はウガヤフキアエズというわけです。今迦毛大御神と天若日子

そういえば、アジスキタカヒコネも素戔嗚も厄介な子供だったようです。

記紀では素戔嗚尊(スサノオ)が大人になっても泣いてばかりであったことが書かれています。また出雲国風土記ではアジスキタカヒコネ(高日子根)がぐずって寝ないので梯子であやしたと書いてあります。下照姫~雲梯町


ウガヤフキアエズが和歌山県の名草で生まれたとすると、ウツシコオ、ウツシコメ(名草姫=卑弥呼)と同じ地で生まれたことになります。名草の近くには太田・黒田遺跡があります。私はここの黒田遺跡は、奈良県磯城郡田原本町黒田にある孝霊天皇黒田蘆戸宮跡と関連があると思っています。この地には、鍵・唐子遺跡があります。


ウガヤフキアエズは孝霊天皇(=素戔嗚)の可能性が出てきました。

ウガヤフキアエズは玉依姫との間に彦五瀬命、稲飯命、三毛入野命、彦火火出見尊(神武天皇)をもうけたとされています。一方でスサノオ(素戔嗚尊)は8人の子供(八島篠見神、五十猛神、大屋比売神、抓津比売神、大年神、宇迦之御魂神、大屋毘古神、須勢理毘売命)

の父親とされています。


さらに検証を続けます。→邪馬台国の誕生 もご覧ください。


※このプログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

 今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。 

※これまでの記事はこちらです。




彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊 三代 目次 の 時代 へ - Elizabeth Vance


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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
Mar 14
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邇邇芸命


天照大神の子である天忍穂耳尊高皇産霊尊の娘である栲幡千千姫命の子(つまり天照大神の孫[2][1]。皇孫(すめみま)、天孫(あめみま)とも称される。高皇産霊尊の意により葦原中国の主として天降(あまくだ)り、日向国[3][4]高千穂峰へ至った(『古事記』では高木神の命をうけた天照大御神の神勅[5])。さらに国を探し求めて吾田長屋笠狭岬へと至り、そこで大山祇神の娘の鹿葦津姫(かしつひめ)、またの名は木花開耶姫(このはなのさくやびめ)を娶った。二人の間には火闌降命彦火火出見尊らが生まれた。久しくして崩御。可愛山陵に葬られた[6]

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
Mar 14
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建御雷之男神(タケミカズチ)の活躍によって、穏やかに平定された葦原中国を大国主神(オオクニヌシ)から譲り受けた天照大御神は、御子である天之忍穂耳命に統治するように促します。

そのころ天之忍穂耳命には御子が生まれていました。そこで葦原中国にはその御子・日子番能邇邇芸命を遣わすことにしました。その名に「日の子」とあるように、天照大御神の直系の孫にあたります。神名の「ホノ」は「穂の」、「ニニギ」は「にぎわう」を意味し、稲穂が豊かに実ることを表わします。

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
Mar 12
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