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地名から読み解く邪馬台国


丹波国の人々:丹波と邪馬台国(5)
第1006話 前回: 出雲大神宮:丹波と邪馬台国(4) で書いた出雲大神宮は、丹波国桑田郡にあります。 桑田郡は、 丹波国の中心地であったことがうかがわれます。 ・継体天皇が、即位する前に天皇に推挙されたのが倭彦王 (やまとひこのおおきみ)です。 第25代武烈天皇)の崩御後に皇位継承者がなく、皇統断絶の危機を迎えて、第14代仲哀天皇5世の孫である 倭彦王 を推戴しようとしたが、倭彦王は迎えの兵を見て恐れをなして山の中に隠れ、行方知れずとなってしまったと書かれています。 この倭彦王 の住んでいた場所が 丹波国の桑田 郡 なのです。 このブログでは、継体天皇は台与としてきました。 : 継体天皇はトヨ(台与)??! : 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社 : 百々石城~南方(喜連瓜破) : 継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) : 丸岡と継体天皇~福井県坂井市 ※倭彦王も丹波の桑田にいたということは、倭彦王も台与ということです。 ・敏達天皇の子に桑田皇女( くわたのひめみこ )なる人物がいます。 ~ 第508話: 桑田皇女と奈具遺跡...
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出雲大神宮:丹波と邪馬台国(4)
第1005話 出雲大神宮は、京都府亀岡市千歳町 千 歳 出雲 無番地にあります。 出雲 にあるから出雲大神宮です。旧称は、出雲神社で、別称として「元出雲」や「 千 年宮」とも呼ばれています。 「元出雲」の別称は、島根県の出雲大社が出雲大神宮からの分霊とする社伝に由来します。いわゆる島根県の出雲大社は明治時代に至るまで「杵築大社」を称していたため、江戸時代末までは「出雲の神」と言えば出雲大神宮を指していたとされています。島根県にある出雲大社(いずもおおやしろ)は、島根県出雲市大社町 杵築 東にあるので古代より、 杵築 大社と呼ばれていました。 。明治維新に伴う近代社格制度下において出雲大社になったのです。 徒然草 第236段に「丹波に出雲と云ふ処あり」という記述があり、出雲は丹波の地名です。 これまでこのブログでは、出雲とは台与の居る処としてきました。 ・下賀茂神社のすぐ近くには、 出雲 路という地名があります。 下賀茂神社=賀茂御祖神社(かもみ おや じんじゃ)で、賀茂建角身命=八咫烏= スサノオ(津田の王 ) = ウツシコオ(内色許男命).
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鍬山神社:丹波と邪馬台国(3)
第1004話 鍬山神社(くわやまじんじゃ)は、京都府亀岡市上矢田町にあります。 社伝によると、太古の昔、丹の湖であった亀岡盆地の南端の黒柄山に八柱の出雲の神々が降臨され、一艘の樫舟にのり、浮田の峡、現在の保津峡を鍬や鋤を使って開削し、水を山城国へ流し、人々が住める肥沃な耕地を造ったと伝え、その時に使った鍬が山のようにうず高く積みあがったことから、鍬山と呼ばれたとも伝えます。 ふるさと亀岡を開拓した先人の偉業を神話として伝えているものです。祭神は大己貴命(大国主命)と誉田別尊(応神天皇)です。 大己貴命(大国主命)が国土を経営されていた時、丹波国は泥湖で、洪水は山を抱き、濁った波は天をも凌ぐほどであった。土人の産業は安からず、そこで大己貴命が当地の黒柄嶽に八柱の神を召して相談をしました。そして泥湖に船を泛べ、鍬を振って保津請田の辺りを疎通されると肥沃な大地となりました。後人はその徳を尊んで当地に祀ったと伝わります。(鍬山神社の由緒:略記より) このブログでは、台与が日本各地で河川の改修工事を行い、稲作の促進を行ってきたことしてきました。 丹波の地
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邪馬台国 第960話~第1000話
第1話~第40話 第41話~第80話 第81~第120話 第120話~第160話 第160話~第200話 第201話~第280話 第281話~第320話 第321話~ 第360話 第361話~第400話 第401話~第440話 第441話~第480話 第481話~第520話 第521話~第560話 第561話~第600話 第601話~第640話 第641話~第680話 第681話~第720話 第721話~第760話 第761話~第800話 第801話~第840話 https://www.hidemaru3375.com/post/邪馬台国-第841話-第880話 https://www.hidemaru3375.com/post/邪馬台国-第881話-第920話 hidemaru3375.com/post/邪馬台国-第921話-第960話 邪馬台国地図別目次 邪馬台国 家系図 古代史 人名辞典 第961
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天一位 大原神社:丹波と邪馬台国(2)
第1003話 前回: 丹波と邪馬台国~兎原 で書いた北側に大原神社があります。 京都府福知山市三和町大原 田舎の小さな神社かと思っていたら、これが大変由緒のある神社なのです。 大原神社に参詣することは「大原志(オバラザシ)」と呼ばれ、現在でも俳句の季語として使われており、 「をしなべて人の心や大原志 -未得-」(日本大歳時記などとも詠まれ、特に祭礼の当日などには参詣者も多かったようです。 また、元禄時代の浄瑠璃、近松門左衛門の「源三位頼政」の段にも大原志の件があり、江戸時代初期にも名が馳せていたことが伺えます。 祭神は、伊弉冉(いざなみ)尊、天照大神、月弓(つきよみ)尊で、それぞれ台与です。 ・第871話: カムロキ・カムロミ:イザナミは台与 ・ 第898話: ツキヨミの正体(2):壱岐・対馬 大原神社の創建は丹波誌によると仁寿二年(852年)3月23日、桑田郡*野々村(現南丹市美山町字樫原)に鎮座、 弘安2年(1279年)9月28日に大原へ遷座、応永4年(1379年)10月13日に社殿が整ったとされています。しかし社伝によると創建は仁寿二年と伝
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丹波と邪馬台国~兎原
第1002話 昨日(2026.3.28)、私は丹後に向かいました。日帰りでカニを食べに行くのです。 大山崎のジャンクションから、京都縦貫に入り 丹波ICで降りて国道9号線を走ります。 京丹波町を過ぎたあたりで、猿田彦神社(京都府船井郡京丹波町水原)の案内板が目に入りました。へえ、こんなところに、、、猿田彦は、 スサノオ(津田の王 ) = ウツシコオ(内色許男命) =難升米です。 ~ 第596話: 彦狭知の物語8~猿田彦 更に少し行くと兎原の道路標識がありました。福知山市三和町菟原 菟原の「菟」については、このブログで、何度も書いてきました。 「菟」は、 菟 道稚郎子の 「菟」で、「宇治」、 ウツシコオ(内色許男命) の「内」と同じ意味を持ちます。 第895話: 宇治神社と宇治上神社 で、宇治神社は、宇治は菟道からきたのであり、それは兎(ウサギ)から来たと公式に説明されています。そして、大分県にある宇佐神宮の宇佐も兎であるとされています。 ~宇佐(菟狭)氏の末裔で、戦前まで宇佐八幡宮(宇佐神宮:大分県)の宮司を務めた家のご子息である宇佐公康氏は、
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脱解王の神話(3)~鵲は台与
第1001話 新羅の都の東、阿珍浦に着いた。船の中には箱があり、その箱から美しい若者が出てきた。また箱の中には、七宝と奴婢で一杯であった。~ 有端正男子并七寶奴婢滿載其中 その若者は、倭国の竜城国の出身であるというのです。~ 我本龍城國人 倭国の竜城国は、三国史記では、脱解王は倭国の多婆那国の出身としています。 ~脱解、本多婆那国所生也 脱解王の名前は、三国遺事によると、はじめ姓名がわからなかったので、箱が流れ着いたときに鵲(カササギ)がそばにいたことから鵲の字を略して「昔」を姓とし、箱を開いて生まれ出てきたことから「脱解」を名としたと書かれています。 ・聖徳太子と鵲(かささぎ):日本書紀によると、推古天皇6年に聖徳太子が鵲を飼育したという記述に関連して言及されています。*聖徳太子は台与です。~ 第872話: 野木神社:莵道稚郎子命は台与 大阪市城東区には、森ノ宮という地名があり、結構大きい公園があります。 森ノ宮は、正式には、鵲森宮(かささぎもりのみや)といい、物部守屋の邸宅跡(玉造)に建立されたとされる神社のことです。祭神は、 用明天皇*、穴
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脱解王の神話(2):多婆那国は竜宮城
第1000話 # 瓠公 #脱解王 #龍城国 前回: 脱解王の神話(1):多婆那国 では、下記のように書きました。 新羅の都の東、阿珍浦に着いた。船の中には箱があり、その箱から美しい若者が出てきた。また箱の中には、七宝と奴婢で一杯であった。~ 有端正男子并七寶奴婢滿載其中 その若者は、倭国の竜城国の出身であるというのです。~ 我本龍城國人 倭国の竜城国は、三国史記では、脱解王は倭国の 多婆那国の出身としています。 ~脱解、本多婆那国所生也 そして、この若者(脱解王)は、台与であるとしました。脱解王は、瓠公(ここう)という人物を 大輔( 宰 相)の位を与えて臣下にしています。 前回書いたように脱解王が台与なら、瓠公は スサノオ(津田の王 ) = ウツシコオ(内色許男命) です。 海部氏の系図である勘注系図では、孝霊天皇の時代に丹波国丹波郷にて宰(宰相)*として奉仕していた彦天火明命*一族(海部氏)は、山城国久世郡 水主村 に移ったとされています。山城国久世郡水主村の現在の地名は、京都府城陽市水主宮馬場です。 * 宰 (宰相)~第882話: 宰(みこと
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脱解王の神話(1):多婆那国
第999話 13世紀末に高麗の高僧一然(1206年 - 1289年)によって書かれた私撰の史書:三国遺事には、下記のような記述があります。 新羅代二代の南解王の頃、駕洛(加羅)国の海辺に近づく船があった。船は駕洛を通り過ぎて、新羅の都の東、阿珍浦に着いた。船の中には箱があり、その箱から美しい若者が出てきた。そしてまた箱の中には、七宝と奴婢で一杯であった。~ 有端正男子并七寶奴婢滿載其中 そしてその若者は、倭国の竜城国の出身であるというのです。~ 我本龍城國人 この記述を読んで、魏志倭人伝にある記述を思い出しました。 壹與 遣倭大夫率善中郎将掖邪拘等二十人 送政等還 因詣臺 獻上男女生口三十人 貢白珠五千孔 青大句珠二枚 異文雑錦二十匹 「 壱与 は倭の大夫、率善中郎将、掖邪拘等の二十人を遣はし、政等の還るを送る。因って、臺に詣り、 男女の生口 三十人を献上し、 白珠五千孔、青大句珠二枚 、異文雑錦二十匹を貢ぐ。」 壹與=壱与 は、台与のことです。 男女の生口とは奴婢で、白珠五千孔、青大句珠二枚というのが七宝ではないでしょうか。七宝とは、金、銀、瑠
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3月27日読了時間: 5分


一大卒と大宰府
第998話 前回: 大興善寺~基肆郡(肥前風土記) では 大宰府も スサノオ(津田の王 ) = ウツシコオ(内色許男命) =難升米 、台与との関係を探る予定です。と書きましたので、大宰府とウツシコオ(難升米)との関連があることを書きます。 大宰府(だざいふ)は、7世紀後半に、九州の筑前国に設置された地方行政機関のことです。軍事・外交を主任務とし、九州地方の内政も担当していました。和名は「おほ みこともち の つかさ」です。 役職としての大宰(おほ みこともち)・大宰帥は、外交・軍事上重要な地域に置かれ、数か国程度の広い地域を統治する地方行政長官です。 *大宰の「宰」については、 第882話: 宰(みこともち)は、ウツシコオ(内色許男命) で下記のように書きました。 「みこともち」は天皇の言葉(「みこと」)を受け、それを身に帯びながら臣下が行動することをも意味します。「みこともち」は言葉を伝達する者の意であり、「ににぎ*の命は、神考(かぶろき)・神妣(かぶろみ)のみこともちとして、天の下に降られた。歴代の天子も、神考(かぶろき)・神妣(かぶろみ)に
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3月26日読了時間: 5分


大興善寺~基肆郡(肥前風土記)
第997話 第995話: 浮穴沫媛~肥前国風土記 では、 珂是古(かぜこ)なる人物が登場しました。 そして 珂是古は、物部阿遅古で、台与の父親(もしくは祖父)と思われる スサノオ(津田の王 ) = ウツシコオ(内色許男命) =難升米であるとも書きました。 そして、 鳥栖市基里町姫方には姫古曽神社があるとも書きました。姫古曽神社は、九州から 近畿にかけていくつもあります。 比売碁曾神社の祭神は下照姫=台与です。 ~ 第182話: 天之日矛と阿加流比売神 第623話: 大阪と邪馬台国:姫島~大阪市西淀川区 この辺りは、基肆郡(きのこほり)と呼ばれていました。基肆郡の地名の由来として肥前風土記には次のように書かれています。 昔、纏向日代宮御宇天皇(景行天皇)が巡狩した時、筑紫国御井郡高羅の仮宮から国内を遊覧し、霧に覆われた基肆の山を見て「この国を霧の国と呼ぼう」と勅した。これが後の人によって基肆国(きのくに)と呼ばれるようになった。今は郡名となっている。 古事記、日本書紀にかかれている地名の由来は、たいていでっち上げの嘘です。...
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3月25日読了時間: 4分


伊都国は台与の国:伊豆神社:遠賀郡
第996話 最近、北九州に住む方から、よくコメントをいただきます 水巻が「ミマキ」が私が邪馬台国とする御牧:ミマキに通ずることを教えていただき、 水巻も台与(=神武天皇=饒速日)が居た地であることは間違いないと確信しました。 ~第961話: 御牧と言う地名あり下流域に水巻町 そして、今回は、 「遠賀郡には私が知ってるだけでも3社『頃末伊豆神社』『 朳伊豆神社 』『伊豆神社』があって、『伊豆神社』の御祭神は『伊豆能賣神』です。由緒書きによると『伊豆』は昔は『稜威』と書いてたらしいです。 『出雲』の由来も『稜威母(いづも)』だという説もあるので、『伊豆』=『稜威』でもあるのかも。というコメントをいただきました。 ・福岡県遠賀郡水巻町朳(えぶり)に鎮座する伊豆神社は、明神ヶ辻山頂にあり、除災開運や無病息災、農産物の神として信仰を集める古社です。境内には珍しい逆立ち狛犬があり、夏には茅の輪くぐり神事も行われます。彦火ヶ出見尊と玉依姫を祀り、地域住民から深く崇敬されています。 ・頃末の伊豆神社の祭神は、彦火々出見尊、玉依姫命、鹽土老翁 です。 彦火々出見尊
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3月24日読了時間: 5分


浮穴沫媛~肥前国風土記
第995話 前回: 浮穴~浮穴直千継・片塩浮孔宮 で肥前国風土記にも「浮穴」が出てきます。と書きました。 肥前国風土記には、 浮穴郷の土蜘蛛の話が出てきます。 景行天皇が「宇佐浜」の仮宮に居る時、神代直に「朕は今まであまねく諸国を巡り、ほとんどを平定し統治した。未だに朕の統治を受け入れていない者たちは居るか」と問うた。 神代直*は「あの煙立つ村は統治を受け入れていません」と申し上げた。天皇は神代直を遣わすと浮穴沫媛(ウキアナアハ姫)という土蜘蛛*が居た。天皇に従わないというのでただちに誅殺した。これにより浮穴郷というと書かれています。 *神代直は、肥前風土記にしか登場しない人物です。神代直の「直」から、前回登場した 浮穴直のことと思われます。前回では、浮穴直=久米直=山部小楯=台与= 移受牟受比命=安寧天皇=台与であるとしました。 *土蜘蛛~このブログでは、土蜘蛛とは、 第824話: 穴太寺と穴太衆=土蜘蛛 第828話: 久伊豆神社:関東武士は土蜘蛛! などで書いたように、台与の配下の土木工事の労働者の事であるとしています。...
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3月23日読了時間: 6分


浮穴~浮穴直千継・片塩浮孔宮
第994話 第991話: 七拳脛命はナガスネヒコ(長脛彦) では、「 古事記:景行天皇の条に七拳脛命(ななつかはぎのみこと)なる人物が登場します。この人物が、久米氏の祖のようです。 七拳脛命の孫とされる猪石心足尼(いいしこりのすくね)が系図は伝わっていませんが久米氏の嫡流とされています。」と書きました。 ところが、 伊予国の人、浮穴直千継らの先祖が大久米であるとする史料(続日本紀)があるのをみつけました。 続日本後紀巻三承和元年(八三四)五月~伊豫國人正六位上 浮穴直 千繼。大初位下同姓眞徳等賜姓春江宿祢。千繼之先。大久米命也。 日本書紀:神代下天孫降臨章には、大伴氏の遠祖の天忍日命が、来目部の遠祖である天槵津大来目(天津久米命)を率いて瓊瓊杵尊を先導して天降ったと記されており、新撰姓氏録左京神別中の大伴宿禰条にも同様の記述があります。このことから、 久米直 ・久米部は大伴氏の配下にあって軍事的役割を有していたと考えられています。 浮穴直と久米直は、同一人物ではないでしょうか。 伊予の久米部は、山部連と結びつく伝承を有することは、第991話: 七
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3月22日読了時間: 5分


坂上田村麻呂は台与:苅田彦神社
第993話 苅田彦神社 (かりたひこじんじゃ)は、福井県大飯郡おおい町名田庄小倉にあります。 創祀年代は社伝によると、平安時代の大同元年(806年)とされています。 近く(福井県大飯郡おおい町名田庄下)には苅田比売神社もあります。 それぞれ、 苅田彦と 苅田比売を祀っています。 伝承によると、秋日、刈り取った稲の上に御神霊が降臨したため、苅田彦・ 苅田比売 の名が付けられた穀霊神であるといいます。 ・穀霊神は台与です。 ~ 第435話: 大宜都比売(おおげつひめ)は台与 ・福井県大飯郡おおい町は 福井県小浜市に近く、この辺りは台与ゆかりの地です。 若狭国遠敷郡には、苅田彦命・苅田姫命を祀る式内社である苅田彦神社・苅田比売神社があります。 第741話: お水送り:若狭神宮寺・若狭彦神社 第742話: お水送り(2):遠敷明神と丹生都比売神 第743話: 御食国と膳氏・阿曇氏 第744話: お水送り(3):変若水(おちみず) 苅田彦・ 苅田比売は、備中国 小田郡の在田神社(岡山県笠岡市有田)でも、祀られています。この 在田神社によれば
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3月21日読了時間: 6分


タケミナカタはなぜ諏訪に行ったのか?
第992話 国譲りの神話で、タケミカヅチ*に負けたタケミナカタは、諏訪(長野県)に落ち延びたとます。なぜ諏訪(長野県)なのでしょう。*タケミカヅチは台与です。 ~ 第441話: タケミカヅチは台与!! そもそも洲羽(諏訪)とは、洲浜(すはま)のことで、川・湖・海の底に土砂がたまって高くなり水面上に現れた地形を言います。 諏訪湖を中心とする沼沢や湿原は、現在も茅野市がある様に葦や茅が多いばかりでなく、そこに「スズ:褐鉄鉱」が生じる地形なのです。褐鉄鉱は、邪馬台国代の製鉄の貴重な原料になったことは、 第59話: 高師小僧~大阪府高石市 で書いています。 諏訪湖には宮川や新川が流れ込んでいますが、宮川や新川に流 れ込む小さな河川には古い時代の製鉄遺跡が数多く存在しています。 湖沼鉄を使った製鉄は、百瀬高子氏の著書「御柱祭・火と鉄と神」の中で、信濃では縄文中期から製鉄があったといいます。 その製鉄材料は葦や芳の根に鈴状に付着した褐鉄鉱(高師小僧)です。諏訪地方は縄文土 器の産地で、その焼成温度は800℃×4時間以上で、褐鉄鉱(高師小僧)の融解温度は
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3月20日読了時間: 5分


七拳脛命はナガスネヒコ(長脛彦)
第991話 古事記:景行天皇の条に七拳脛命(ななつかはぎのみこと)なる人物が登場します。 この人物が、久米氏の祖のようです。 ・七拳脛命の孫とされる猪石心足尼(いいしこりのすくね)が系図は伝わっていませんが久米氏の嫡流とされています。 ・七拳脛命の8世孫の那爾毛古比売(なにけこ姫)が、前回: 物部氏について(9):久米物部 で述べた伊予来目部播磨国司の山部小楯*の孫でとされています。 中臣可多能古の妻となり、御食子と国子を産んでおいます。つまり、中臣鎌子(藤原鎌足)*の祖母です。 *山部小楯は前回も書いたように台与です。山部小楯はオケとヲケを見出したことで山部の姓を賜ったとされています。久米族の山部連は山部の総領的伴造(とものみやつこ)です。 ~ 第978話: オケとヲケ(7):入れ墨と久米氏・隼人舞 第447話: 小楯姫は台与:小楯は枚方 *中臣鎌子(藤原鎌足)は スサノオ(津田の王 ) = ウツシコオ(内色許男命) です。 ~ 第787話: 中臣鎌足 ・山部比治(やまべのひじ)は、七拳脛命の9世孫で、播磨国風土記:~穴禾(しさは:宍粟
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3月19日読了時間: 5分


物部氏について(9):久米物部
第990話 このところ物部氏について調べているのですが、久米物部という氏族があるのを見つけました。大和国高市郡来目、伊予国久米郡・喜田郡久米郷、摂津国住吉郡・榎津郡来米に拠点を持つ一族す。 そもそも久米物部ということ自体が謎です。久米氏と物部氏は別の氏族のはずです。 ・大和国高市郡来目は、 奈良県橿原市久米町にあります。 橿原市は言わずとしれた神武天皇が日本の初代天皇に即位したとされる地です。神武天皇は台与です。 橿原、 柏原、樫原という地名は元々大阪府枚方市の地名で、大規模な疫病(パンデミック)によって、大阪府柏原や、奈良県橿原に移動したと思われます。奈良県橿原は神武天皇が即したとされる地です。~ 第566話: 神武天皇と橿原神宮 このブログでは、邪馬台国(ヤマト)は、崇神天皇の際に発生した疫病により、枚方から奈良県に移動したとしています。~ 第2話: hidemaru3375.com/post/ミマキ国(邪馬台国)での疫病 第2話: hidemaru3375.com/post/ミマキ国(邪馬台国)での疫病 ・摂津国住吉郡・榎津郡来米は
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3月18日読了時間: 5分


羽束物部:物部氏について(8)
第989話 数年前から息子が洛南(京都市)で一人暮らしを始めたので、国道171で洛南と枚方市を何度も行き来するようになりました。途中、国道171が名神高速道路の下を潜るあたりが羽束師(はつかし:京都府伏見区)です。 羽束師の地名は、古代の職業集団に由来しています。 和名類聚抄によると、山城国乙訓郡と摂津国有馬郡に羽束郷が属していたことが知 られています。前者は京都市伏見区羽束師付近,後者は兵庫県三田市の北・東部から宝塚市波豆 にかけての一帯です。平安時代末期の高山寺本ではそれぞれ「波津加之」「波都加之」、室町時代中期の大東急記念文庫本では「波豆賀之」「波都加之」という注記が付 されています。これらによると,両者ともに「ハツカシ」ないしは「ハヅカシ」と読まれ ていたことになります。 物部氏は軍事集団で、武器の製造を行っていたことはよく知られています。 物部氏の阿都*における邸宅の近くに弓削氏や矢作氏が居住しているおり、 物部氏と弓削氏の同祖関係,および守屋の母が弓削氏出身で日本書紀では、物部弓 削守屋連とあらわされていることなどから、「物部氏は阿都
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3月17日読了時間: 6分


蝮(たぢひ):丹比郡~反正天皇
第988話 前回: 片野物部~岡山県津山 で述べた 多自枯鴨神社は 岡山市北区建部町田地子 の多自枯( 田地子)にあります。 日本書紀:天安元年二月紀に「美作国苫田郡司 蝮臣 全継を正六位上に叙す」とあります。苫田郡から勧請された多自枯鴨神とはタジヒ=タジ氏の氏神である鴨神とされています。 ・タジヒは、 蝮部、丹治部・丹比部・多治比部など表記されます。 ・鴨神とは、鴨族=秦氏=ウツシコオ・台与の一族のことです。 ~ 第200話: 松尾大社~秦氏はカモ族 第894話: 二つの三嶋鴨神社 第924話: 秦氏の研究 そして、タジヒは大阪府松原市にある地名で 第618話: 大阪と邪馬台国:丹比(たじひ) 書いたように、 第18代 反正天皇 (はんぜいてんのう)のゆかりの地でもあります。 反正天皇の名は「蝮之水歯別命」(たぢひのみづはわけのみこと)で、この蝮(たぢひ)というのは河内国の丹比郡(たぢひぐん)のことで、今の松原市・大阪狭山市・堺市東区・堺市美原区の各全域と、大阪市東住吉区・大阪市平野区・八尾市・藤井寺市・羽曳野市・堺市北区の各一部に相
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3月16日読了時間: 5分
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