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丹の湖~亀岡盆地は湖だった!!

第339話

 

亀岡盆地は冬になると霧が頻繁に発生します。このように亀岡盆地は水・霧が溜まりやすい地形となっており、古くは湖であったという伝承も残っています。

亀岡盆地は太古は湖であったと言われ、それに基づく伝承が付近の神社に残っています。

 

亀岡盆地湖は、地質学的には鮮新世・更新世頃まで標高280mほどの湖であったことが確認されており、周辺の山体には一部平らになっている段丘地形も見られます。現在でも、亀岡盆地は保津峡がひと度塞がれば湖に戻る地形をなしています。ただし、亀岡にいつまで湖が残っていたかは定かではありません。

 

盆地内に残る伝承によると、当地には赤土の泥湖であったといい「丹の湖・丹の海(にのうみ)」という名称が伝わっています。

 

 この亀岡盆地湖に関して、大国主命が保津峡を開削、湖の水を抜き盆地を開拓したという伝承(蹴裂伝説)が、盆地周辺の神社数社で伝わっています。しかし有力な文献はほとんど残っておらず、各社の社伝や口伝に拠る所が大きいため、地元の郷土史でもほとんど取り上げていないとのことです。

 

関係する伝承を有する神社は以下の通り。

 

・出雲大神宮(亀岡市千歳町千歳)、丹波国一宮。開削の主役である大国主命と、その妻神・三穂津姫命を祀る。地名「保津」は三穂津姫命に由来したものです。三穂津姫尊(御保津姫)~亀岡


・樫船神社(大阪府高槻市田能)当地で開削を行う際に湖に浮かべる樫の舟が作られたとされるます。祭神は、大国主

・請田神社(亀岡市保津町立岩)、請田神社は保津峡入り口にあたります。保津峡を開削する工事費用を「請け負った」ことに由来するといまれています。

祭神は、大山咋命と市杵島姫命

・桑田神社 (亀岡市篠町山本)、大人気のトロッコ列車の右岸の奥に桑田神社が鎮座しており、保津峡入り口に鎮座しおり、開削を始めた地とされています。祭神は市杵島姫命、大山咋神、開削に使った鋤と帯びていた短剣を祀ったとされ、大山咋神が庵を結んでいたともいわれています。

・餅籠神社(持籠神社/篭持神社)当地から籠で土砂を運んだとされ、伝承上の神社で所在は不明です。

・鍬山神社(亀岡市上矢田町)開削に使った鍬が山積みにされた地(鍬山)とされる、鍬を作った地ともいわれています。

祭神は大己貴命(=大国主)

・大井神社(亀岡市大井町並河)亀岡湖範囲の中心部に鎮座し湖の水が乾き残り「大いなる井戸(大井)」となったとされています]。現在、境内に「丹の池」として残っています。

このような説話は全国に残る大国主の国づくりの1つで、同様に太古に湖があったという伝承は、甲府盆地等の日本各地の盆地にも見られます。

 祭神は、月読命、市杵島姫命  参照:月読命(ツクヨミノミコト)~京都市西京区桂


京都府亀岡市の桑田神社・請田神社においては大山咋命が市杵島姫と共に亀岡盆地を開拓したと伝えられています。祭神の大山咋神は、湖であった丹波地方の開拓のために出雲地方から来た神といわれています。出雲は三島です。第42話:大国主は、大彦 ~出雲は三島

 

私のこのブログでの検証では、大山咋命は大山祇命で、市杵島姫命の父親です。

 市杵島姫=美穂津姫(御保津姫)で大国主の妃です。


大己貴命(=大国主)、月読命はウツシコオです。さらに大山咋命もウツシコオと思われます。月読命(ツクヨミノミコト)~京都市西京区桂


第330話:投馬国とウツシコオ~丹波(但馬) では下記のように書きました。

丹波、丹後、丹波(但馬)すなわち魏志倭人伝にある投馬国とウツシコオは非常に関係が深い場所だったのです。田道間守(タジマモリ)はウツシコオ=難升米です。

つまりウツシコオは投馬国の王だったのです。亀岡盆地湖を干拓したのもウツシコオで間違いないでしょう。


関連項目:開化天皇



※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 

※これまでの記事はこちらです。


<目次>




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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
Jun 04
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瀬織津姫~祓戸大神 (hidemaru3375.com)


大山咋=三嶋溝抗命 

大国主命と、その妻神・三穂津姫命を


猿田彦神社(道祖神社)所在地奈良県奈良市今御門町1位置北緯34度40分46.79秒 東経135度49分50.14秒座標: 北緯34度40分46.79秒 東経135度49分50.14秒主祭神猿田彦命、市寸島姫命

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
Jun 04
Rated 5 out of 5 stars.

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