檜隈(ひのくま):身狭青(2)~大和高田
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更新日:5 時間前
第1100話 #当麻寺 #葛城 #大和高田
前々回:磯歯津道(しはつみち):住道で書いたように、磯歯津道(しはつみち)を造ったのは、身狭青(むさ の あお)でした。
前回:身狭青は土師氏~磯歯津道(2)では、檜隈と土師氏(はじ)の関係について書きました。
身狭青は大和国檜隈(ひのくま)に居住したといいます。
檜隈(ひのくま)は、かつて大和国高市郡にあった地域で、現在の大和高田市辺りです。
檜隈は飛鳥に隣接し、秦氏などと並び有力な渡来系氏族で檜隈忌寸とも称される東漢氏の本拠地です。東漢氏の祖神を祀る於美阿志神社、東漢氏の氏寺の檜隈寺、清水寺の創建に関係する子嶋寺、高松塚古墳やキトラ古墳などの大陸風の壁画古墳が良く知られている地です。
続日本紀に坂上苅田麻呂*が宝亀3年と延暦4年の2度にわたり、坂上氏が同族である東漢氏を代表して光仁天皇や桓武天皇に奉った上表文が伝わり、そこでは後漢霊帝の後裔と称する祖先の阿知使主(阿智王)が応神天皇の時代に17県の人夫を率いて百済から日本へと帰従し、大和国高市郡檜前村を賜って居住したとしており、檜隈が東漢氏の地盤であったようです。
東漢氏(やまとのあやうじ)と阿智氏は、実質的に同一の系譜を持つ氏族と考えられています。
東漢氏(やまとのあやうじ/倭漢氏)は、阿智使主を祖とする渡来系氏族で、古代日本に多彩な技術と文化をもたらしました。その貢献は政治・経済・文化・軍事の各分野に及び、国家形成に深く関与しています。~第761話:天武天皇は台与(2):大友皇子と東漢氏
第689話:阿智氏・阿直岐は、では、阿智氏は台与、ウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)=難升米一族のこととしてます。
身狭青は、雄略天皇12年に、呉に派遣された「手末(たなすえ)の手伎(てひと)」である漢織、呉織、衣縫の兄媛、弟媛などの技術者を招来したと日本書紀に書かれています。
日本書紀には、阿知使主(古事記では阿知直)*は、応神天皇年に呉国に遣わされ、四人の縫製女工を連れて帰国したとの記事もあります。
つまり、身狭青は阿知使主(阿知直)=ウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)=難升米なのです。
地図を見ていただければ、檜隈(ひのくま)=大和高田市のすぐ近くに当麻寺( 奈良県葛城市當麻)があるのが、分かります。當麻寺は元々は私が邪馬台国とする大阪府枚方市にありました。~第631話:観音菩薩と台与(4)~明尾寺
当麻寺の「当麻:たいま」は、野見宿禰と戦った当麻蹴速の「当麻」です。
第506話:野見宿禰と当麻蹴速は同一人物で書いたように、当麻蹴速=野見宿禰=ウツシコオです。そして「たいま」は大阪府寝屋川市の「太間」でもあります。
茨田堤には、どうしても決壊してしまう場所が2か所あり、コワクビの断間(大阪市旭区千林)と、コロモコの断間(寝屋川市太間)です。
寝屋川市の太間町は、第469話:石の宝殿2~大阪府寝屋川市とも近い場所です。
第412話:ヤマタノオロチは淀川~茨田堤2で書いたように、淀川の氾濫を防ぐために茨田堤を築いたのは、彦八井耳命(=八井耳=台与)とされていますが、八井耳は多氏の祖です。多氏は海神族(ワタツミ一族)=海部氏=安曇族と同族です。
もちろん土木工事を実際に行ったのは秦氏です。この辺りは太秦という地名もあります。
※東漢氏=秦氏=葛城氏=土師氏=多氏=海神族=海部氏=安曇族ということです。
~第387話:各氏の祖はスサノオ=ウツシコオ!
*坂上苅田麻呂は台与です。~第993話:坂上田村麻呂は台与:苅田彦神社
*阿知直は、菟道稚郎子の師となり、自分よりすぐれた学者として王仁を推薦し、王仁を百済から渡来させたとされています。第129話:菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)
聖徳太子は菟道稚郎子です。聖徳太子=菟道稚郎子=台与です。
王仁もウツシコオ・台与です。~第783話:王仁(わに):千字文の嘘(1)
第784話:王仁(2):伝王仁墓
当麻寺のある葛城(かつらぎ)は、奈良盆地の南西部、金剛山地の東麓を指す地域名で相当広い範囲を指して用いられるようになった可能性があり檜隈(ひのくま)も葛城の一部です。葛城は元の名は高尾張でと言ったが、神武天皇が、葛で編んだ網で土蜘蛛を捕らえたために改めたという神話が残されています。
日本書紀によれば、葛城襲津彦が朝鮮半島から連れてきた渡来人も葛城の朝妻に住んでいたとされています。葛城襲津彦はウツシコオです。~第327話:于道朱君の衝撃~新羅
第328話:沙至比跪(サチヒコ)
第430話:倭(やまと)は高槻市、葛城は交野市では葛城は元々大阪府交野市にあったとしています。崇神天皇(=台与)に起こったパンデミックによって、葛城は交野市から奈良県に移動したのです。~第17話:邪馬台国で疫病発生 台与は饒速日②~交野市倉治
江戸時代の初め頃までは、葛城(当麻、檜隈)が高天原であるとも考えられていたました。
ちなみに、このブログでは、高天原は交野市としています。
~第588話:持統天皇(第41代)~高天原は交野市
これまでの記事はこちらです。
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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/simsearch.cgi?ID=C1040194-000
榛名山伝説
子嶋寺 - Wikipedia
葛城、剣根命、葛城襲津彦 – 古代史俯瞰 by tokyoblog
南、邪馬壱国に至る。女王の都とする所なり。水行十日、陸行一月
<これまでウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)であることが判明した人物>
第374話:牛鹿臣はウツシコオ! 第371話:彦狭島命~吉備児島
第372話:建日方別:彦狭嶋命 第369話:神武西征~健磐龍命
第365話:君が代(2):君はウツシコオ 第363話:彦はすべて、ウツシコオ
第324話:武内宿禰はウツシコオ!! 第325話:天之日矛はウツシコオ
第326話:大日彦(オホヒヒ彦)~守口 第327話:于道朱君の衝撃~新羅
第328話:沙至比跪(サチヒコ) 第329話:アメノヒボコはウツシコオ
第330話:投馬国とウツシコオ~丹波(但馬) 第331話:朱智神社~迦邇米雷王
第333話: 牛頭天王(スサノオ)はアメノヒボコ?
第380話:猿田彦は異国人 第401話:犬養氏:スサノオは天手力男神=野見宿禰
第335話: 天道根命は道祖神=ウツシコオ 第334話: 大彦は、五十猛!
第336話:大屋彦~根の国は和歌山 第337話:阿多賀田須命~宗像氏
第338話:月読命(ツクヨミ) 第349話:天児屋命はウツシコオ!!
第357話:武甕槌神(タケミカヅチ)考 第317話:ひょっとこ:火男~天之御影命
第318話:空海のルーツは内色許男命! 第319話:和知津美命はワタツミ!!
第320話:欠史八代はヤマト=三島 第230話:三嶋溝抗命たち(複数)
第231話:神八井耳命は三毛入野 第232話:内色許男命は武埴安彦命!
第274話:八咫烏もウツシコオ 第275話:事代主もウツシコオ?
第279話:開化天皇 第280話:建角身命もウツシコオ
第263話:中臣氏~中臣烏賊津 第256話:ウガヤフキアエズのミコト
第244話:大津神社と建南方富命 第245話:豊御気主命は三毛入野!
第246話:高御産巣日神(高木神) 第247話:今迦毛大御神と天若日子
第249話:物言えぬ皇子~阿遅須枳高日子 第251話:猿田彦は塩土老翁神
第252話:迦毛大御神は崇神天皇! 第253話:キサガイヒメはウツシコオの母!
第354話:伊勢津彦はタケミナカタ =ウツシコオ 第254話:興玉命も内色許男命
第361話:宇都志国玉神と宇都志日金拆命 第394話:天御鳥命(武夷鳥命)は火の鳥
第395話:天日鷲命は、、、
◎hidemaru3375.com/post/ヒコユキからウツシコオへの過程