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大彦は、五十猛!

更新日:6月1日

第334話~大彦はウツシコオ??


天香語山命は、高倉下の別名です。大彦は、高倉下~新潟県西蒲原郡弥彦村

海部氏と尾張氏は同じ系図で、海部氏・尾張氏の祖として天香語山命の息子の天村雲命の亦の名として「天五十楯天香語山命」とあります。「五十楯」(イタテ)は五十猛のことです。天香語山命が五十猛命であるという仮説が成り立ちます。五十猛命(いたけるのみこと)と出雲族 (xn--u9jta474uoyc71cky0m6xj.jp)


私は、第289話:大彦は五十猛の子 としています。

京都府宮津町の籠神社に勘注系図の前書に始祖である彦火明命の2代目、あるいは3代目に「建位起命」の名前、つまり、五十猛命の別名 「イタテ」が見られます。

彦火々出見命は、いわゆる「海幸山幸」神話の「山幸」です。第299話:海幸彦と山幸彦


天香語山命は先代旧事本紀で、饒速日尊の天孫降臨に従った32柱の1柱に数えられ、紀伊国の熊野邑(和歌山県新宮市)に住んでいたとされています。第107話で触れたゴトビキ岩=神倉神社(は和歌山県新宮市の神社)の祭神は高倉下です。奈良県橿原市にある天香久山(天香具山:あまのかぐやま)にある山ですが、天香語山命(あめのかごやま)と名前がよく似ています。


邪馬台国前史~熊野と金 では、私は、元々は天香久山は熊野にある鉱山であるとしました。三重県の熊野市では紀州鉱山が最近まで稼働していました。ここでは様々な鉱物が産出しています。金(かね)とは鉱物のことです。

高倉下(大国主)の別名はオオナムチで(大穴持ち=鉱山の管理者)という意味です。


一方、伊都国 一大率は五十猛では一大率は、五十猛だとしました。一大率(いちだいそつ)は、倭人伝に記された倭国の官名で女王卑弥呼によって任命された派遣官です。一大卒がいたと思われる福岡県糸島市の高祖山の麓には高祖神社( たかすじんじゃ)があり、この神社には、五十迹手伝承があります。この神社は怡土県主(いとのあがたぬし)を祀る神社です。つまり怡土(いと)県主は五十猛なのです。高祖神社の祭神は高木姫、彦火火出身尊、玉依姫との説もありますが、もとは高木神(タカムスヒ)つまり、ウツシコオです。


ちなみに、ウツシコオの妻は、高屋のアハラ姫、天村雲命の妻は、アヒラ・ヨリヒメ

神武天皇の妻はアヒラ姫 *アヒラは日向に属し薩摩半島のアタ地方とされていますが、日向は大阪府守口市です。第295話: 日向は大阪府守口市

アタとは賊:反逆者の意味です。記紀ではウツシコオの家系アタの付く名前が散見されます。



※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 

※これまでの記事はこちらです。


<目次>





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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
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※出雲~タケハニヤスは山代国(京都府)愛宕郡の出雲(現在は出雲路)に領地を持っており、タケハニヤスは出雲の王と呼ばれていました。タケハニヤスは反乱を起こしたことから、出雲は大和の敵という意味になったのです。

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秀丸 遠嶽
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