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裂田の溝と三島溝咋耳

  • tootake
  • 49 分前
  • 読了時間: 5分

第1101話


裂田の溝(さくたのうなで)は、福岡県那珂川*市にある灌漑用に作られた用水路である。日本最古の農業用水路としても知られており、疏水百選にも選ばれています。


「溝」を「うなて」と読むことは、第807話:邪馬台国と栗隈大溝(くりくまのおおうなで)で書いています。栗隈大溝(くりくまのうなて)は栗隈郷(県)の位置は、和名抄によると、山城国久世郡栗隈郷は現在の京都府宇治市大久保町付近とされています。


裂田溝は、日本書紀で、神功皇后の新羅征討にまつわる伝承のなかに登場します。 その伝承では、「神功皇后が西の方を自ら討とうとして、神祇を祭祀しようとした。そして、神への御供えのための田(神田)をつくろうとし、その神田に水を引くために那珂川から溝を掘らせたが、迹驚岡(現在の安徳台)まで溝を掘ったところ、大磐がふさがって溝を通すことができなかった。皇后は武内宿禰を召して、剣と鏡を捧げて神に祈らせたところ、雷が激しくなり、その大磐を蹴り裂き、溝を通させた。そのため人々はその溝を裂田溝と呼んだ」とあります。


裂田溝は、現存しており、発掘調査では、とどろきの岡(安徳台)の東側で立ちふさがった大岩と思われる花崗岩の岩盤が見つかっており、阿蘇の火砕流堆積物でできた台地を掘り貫いた跡とあわせて、当時の難工事の跡を見ることができます。 


裂田溝は、那珂川市の中央部よりやや北側、中心市街地より南側の山田にある一の井手から300mほど同道とともに北上し、同道の下を東へくぐったのち山田・安徳地域を北東へ流れています。山田・安徳地域の境界付近には裂田神社があります。


裂田神社の「裂田」の「さきた」は「さく」つまり大地を割く(さく)の意味です。

「さく」は、「佐久」「咲く」に通じます。


第1076話:咲田姫伝説:杉原神社で書いた杉原神社の祭神である辟田彦命(さくたひこ)と辟田姫命(さくたひめ)の「さく」は、佐久(さく)が開(さく)であるならば、曇氏、安曇犬養氏、海犬養氏の祖とされる宇都志日金拆命の拆(さく)と通じます。~第686話:新海三社神社~佐久市

また、第684話:諏訪大社と金刺氏で書いた金刺氏の刺(さく)に通じます。宇都志日金拆命はスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米であるとしています。


また、第684話:諏訪大社と金刺氏で書いた金刺氏の刺(さく)に通じます。宇都志日金拆命はスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)であるとしています。


第1089話:甲斐国湖水伝説:曳舟神事でも登場した蹴裂(けさく)明神は、向山土本毘古王(むこうやまとほひこおう)=台与です。


前述したように、裂田溝を造ったのは、武内宿祢です。日本書紀に、この用水路は神功皇后が、武内宿祢を召して当地にある現人神社の神田を灌漑するため造ったとの記述があります。武内宿祢はウツシコオです。~第324話:武内宿禰はウツシコオ!!


裂田溝と同じような古代の農業用水路としては、五社水路(ごしゃすいろ)があります。大阪府北部の高槻市・茨木市周辺に古くから存在する農業用水路で、その歴史は非常に古く、古代の「三島大溝(みしまおおみぞ)」に比定される可能性も指摘されています。

~第806話:五社水路と三島溝咋耳


三島溝咋耳=水路を造り・維持した首長という理解が成立します。

大阪府茨木市五十鈴*町にある溝咋神社の周辺に存在し、弥生期の水利管理の痕跡が展示されています。五十鈴姫(ホトタタライスケヨリヒメ)は三島溝咋耳の子です。

五十鈴姫は台代です。~第218話:五十鈴姫の父親は?

「溝咋=運河・水路を造る者」という解釈は、茨木市の遺跡状況と非常によく整合します。


*那珂川の「なか」とは、長髄彦(ナガスネヒコ)の「なが」のことです。

長脛彦はウツシコオです。第1095話:八掬脛はナガスネヒコでは、長脛彦(ナガスネヒコ)は土蜘蛛のリーダーとしました。土蜘蛛は河川改修工事などの土木工事を行う人のことです。


これらのことにより、武内宿祢は、三島溝咋耳であり、ウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王=難升米であることが分かります。


三島溝咋耳の三島(御島)が邪馬台国であることがこのブログを書くきっかけになっています。~第6話:三島(御島)本当の奈良  


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<蛇足の追記>

裂田の溝は,溝(みぞ)とは読まず「うなで」と読みます。第一経済大学の田中正日子教授によれば,弥生時代に作られた畦道の畝(うね)すなわち土を盛った填で水を包み込んだということから,「うなていぼう」これから「うねのていぼう」→「うなてい」と変化して行き、「うなで」と呼ばれるようになったと言われています。


これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>






 
 
 

2件のコメント

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
23分前
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駅家 - Wikipedia

養老律令(ようろうりつりょう)は、古代日本で757年天平宝字元年)に施行された基本法令。構成は、10巻12編、令10巻30編。

編集済み
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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
1時間前
5つ星のうち5と評価されています。

<これまでウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王であることが判明した人物>


第374話:牛鹿臣はウツシコオ!   第371話:彦狭島命~吉備児島

第372話:建日方別:彦狭嶋命  第369話:神武西征~健磐龍命

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第324話:武内宿禰はウツシコオ!!  第325話:天之日矛はウツシコオ

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第395話:天日鷲命は、、、  


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