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興玉命も内色許男命

更新日:3月11日

第254話


宮城県塩竈市の鹽竈神社鹽竈神社縁起の中には、「塩釜六所明神或曰猿田彦事勝國勝塩土老翁岐神興玉命太田命六座同体異名神也」とあり、鹽竈神社の別宮に祀られている神(塩釜六所明神)は、猿田彦、事勝國勝、塩土老翁、岐神、興玉命、太田命の6座と同体異名の神であるとされています。この6坐の神はすべて紀ノ國の名草の太田と関連がある人物です。


猿田彦は、塩土老翁であることは第251話で述べました。

事勝國勝は日本書紀の天孫降臨の説話の中で、日向の高千穂の峰に天降ったニニギノミコトが笠狭崎に至った時に事勝国勝長狭神(ことかつくにかつながさのかみ)が登場し、ニニギに自分の国を奉っています。一書では、事勝国勝長狭神の別名が塩土老翁であるとしています。ニニギノミコトは架空の人物でこの場合饒速日(孝元天皇)のことでしょう。


明戸岩で有名な二見興玉神社では、興玉大神(おきたまのおおかみ)御名 猿田彦として祭っています。ということは、興玉神(おきたまのかみ)=猿田彦ということは、猿田彦=ウツシコオですから、興玉神もウツシコオということになります。


ここで思い出されるのが、太玉命(天富命)です。天富命は太玉命の孫とされています。

天富命は、手置帆負命・彦佐知命(ヒコサチ:下記※注)の二神の孫の讃岐忌部・紀伊忌部を率い、紀伊の国の材木を採取し、畝傍山の麓に橿原の御殿を作り、また斎部の諸氏を率いて種々の神宝・鏡・玉・矛・楯・木綿・麻等を作らせ、そのうち櫛明玉命の孫の出雲玉作氏は御祈玉を作ったとされています。


天太玉命は、古語拾遺では高皇産霊神(タカミムスビ=ウツシコオ)の子であるとしています。太玉命は忌部首等の祖で饒速日の五伴緒の一人です。


五伴緒の一人である玉祖命(たまのおやのみこと)は、造部(たまつくりべ)の祖神とされています。岩戸隠れの際に八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)を作ったとされています。紀ノ國(木の国)名草の彦狭知(ヒコサチ:日本書紀)は太玉命(天富命)に率いられて山から木を伐採して、神武天皇の正殿を造営したあることから太玉命も名草(太田)に出身です。


そして、玉祖命=太玉命=河内青玉繋=安寧天皇(シキツヒコタマデミ)だと推定できるのです。鹽竈神社縁起の「塩釜六所明神或曰猿田彦事勝國勝塩土老翁岐神興玉命太田命六座同体異名神也」猿田彦=事勝國勝=塩土老翁=岐神=興玉命=太田命=六座同体異名神という記述は河内青玉繋=安寧天皇(シキツヒコタマデミ)=ウツシコオである私の説を裏付けるものです。


岐神(クナド、くなど、くなと -のかみ)とは、古より牛馬守護の神、豊穣の神としてはもとより、禊、魔除け、厄除け、道中安全の神として信仰されています。疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が聚落に入るのを防ぐとされる神です。また、久那土は近畿地方でいう「おくどさん」のことです。竈 (くど:かまど)で鹽竈神社の竈(釜)です。


三毛(ミケ)入野(長脛彦=ウツシコオ)のミケは食べ物のことです。長脛彦の妹の三炊屋媛(ミカシキヤ姫)の「炊」も食べ物で、豊受気媛(伊勢神宮下宮)の受(ウケ)も食物のことです。私は、三炊屋媛は豊受気媛だと思っています。


天富命の富(トミ)は登美彦(とみひこ)=長脛彦です。

「太」「大」「意富」「飯富」「於保」は、多氏ので多氏は神武天皇の子の神八井耳命の後裔とされています。

新選姓氏録によると磯城(シキ)縣主は、2系統あります。

1)河内国:志紀;初祖先は神八耳命(かんやいみみのみこと)

2)和泉国:志貴;大賈布(饒速日七世孫)

大和神別の「志貴連氏」は饒速日の孫・日子湯支命(ヒコユキ)の後とされています

シキはシキツヒコタマデミ(安寧天皇)のシキです。


なお、物部氏初期の系譜は史料によって混乱が見られますが、大綜麻杵命(ウツシコオ)については饒速日命の5世孫で内色許男命と同一世代(兄弟)とする系譜にはほとんど異説がないとされています。が、私は、大綜麻杵命(ウツシコオ)と饒速日とは別の家系だと思っています。


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<※注>

◎ヒコサチ:忌部氏(彦幸)~和歌山・名草→ヒコユキ

※天孫本紀を見ますと、ヒコユキ(彦湯支)という人物が物部連系譜に一番上に書かれています。

※ヒコサチ(彦狭知神)は父の手置帆負神と共に登場し、天御量を使って大小の峡谷の木を伐採して瑞殿を造営し、御笠・矛・盾を制作したとされています。

※私はヒコサチとヒコユキを同一人とみなし、ヒコサチないし、ヒコユキをウツシコオの幼名としています。




※このプログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

 今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。 

※これまでの記事はこちらです。



興玉大神(おきたまのおおかみ)御名 猿田彦


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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
Mar 10
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日本の神の一覧 - Wikipedia


全名天太玉命別名太玉命[1]、太玉者[1]、天太玉命[2]、太玉神[3]、布刀玉命[4]、忌部神[1]、天太玉神[5]神格占い、神事父高皇産霊尊配偶者天比理刀咩命[6]天宇受売命[7]大宮売神、豊磐間戸命、櫛磐間戸命[8]、神社天太玉命神社安房神社大麻比古神社等関連氏族忌部首(斎部氏)、穴師神主、日置部氏、工首


天宇受売命  別名天鈿女命神格芸能、神事父天太玉命天比理刀咩命配偶者猿田毘古神関連氏族忌部氏(斎部氏)、猿女

天比理刀咩命

配偶者天太玉命天櫛耳命(孫:天富命)、天宇受売命神社洲崎神社洲宮神社

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
Mar 10
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古事記』では河俣毘売、『日本書紀』第1の一書では川派媛といい、師木県主(磯城県主)の祖先である家系の出身。師木県主波延(安寧天皇皇后、阿久斗比売の父)の妹。

吾田媛 | 日本史!よろパラ (yoropara.org)

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帰る際、出雲国造の祖である岐比佐都美(キヒサツミ)が、大御食(おおみけ)を献上しようとした時に、御子が言葉を発したのです。


高市御縣坐鴨事代主神社の「河俣神社」という別名も意味深長です。河俣姫は綏靖天皇の后です。綏靖天皇も大彦です。大彦は、綏靖天皇

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