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スサノオは津田の王

tootake
2024年6月17日
読了時間: 3分

更新日:2024年7月12日

第351話


枚方市の津田は、旧・河内国交野郡:現在の枚方市の東部、学研都市線の沿線にあります。戦国時代には、津田城(つだじょう)がありました。国見山(津田山)の山頂にあり、国見山城(くにみやまじょう)とも呼ばれています。


国見山は標高およそ300メートル。山頂からは、木津川・宇治川・桂川の合流地点を隔てて広がる京都の市街や、その向こうに比良・比叡のひときわ高い山容を望むことができます。また、石清水鳩ケ峰(はとがみね)と天王山の狭間から淀川が南流して、摂津と河内を二分する様子を見ることもできます。見晴らしのよい日には六甲山や白く光る大阪湾も見えます。


下記の地図をご覧ください。1:の津田がこの地区(邪馬台国=ヤマト)のちょうど真ん中にあることがわかります。

1:津田~〒573-0126

2:天王は第331話で書いた朱智神社~迦邇米雷王朱智神社があるあたり一帯は天王(地名:京都府京田辺市天王)です。天王は素戔嗚(スサノオ)のことです。

3:内里はウツシコオ(内色許男命)の名前の由来となったところです。

4:倉治は記紀に出てくる高倉下(タカクラジ)の名前の由来となったところです。

 私市、郡津もこの地区です。推古天皇は架空の天皇~交野市私市

 交野市郡津(コウズ)高津姫 ~岩船街道

5:御牧国~枚方・高槻  御牧国(ミマキ国)が邪馬台国

  イカガシコオ(伊香色雄命)とイカガシコメ(崇神天皇の母)の伊加賀もここです。

6:大住~大隅隼人 参照:第307話:大隅隼人は京都府京田辺市

7:禁野、中宮、山戸(ヤマト) 参照:第125話:禁野・中宮・ヤマト




上記より、素戔嗚(スサノオ=ウツシコオ)は津田と非常に関係が深いことが分かります。

津田の国見山に登って倭国(我が国:自分の国)すなわち魏志倭人伝がいうところの邪馬台国を見下ろしていたのです。


スサノオは津田の王(ツダノオ)です。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 

※これまでの記事はこちらです。


<目次>


<国見山からの眺望>

国見山は標高およそ300メートル。見晴らしのよい日には六甲山や白く光る大阪湾が見え、大阪平野を渡って来る涼風は、汗ばんだ肌に快く感じます。

穂谷方面へと続く道の先には、市立野外活動センタがあり、途中から白旗池(しらはたいけ)や交野山(こうのさん)、くろんど池方面へのハイキングコースとなっています。津田方面からは、よく整備された登山道があり、途中、山桜を見上げる絶好の位置にウッドデッキが設置されており、森林浴を楽しむことができます。




 
 
 

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邪馬台国 第1120話~第1180話

邪馬台国は、北摂=三島(御島)=枚方、交野、高槻、宇治であるという仮説をたて邪馬台国を探るプログです。 日本各地の地名をたどっていくと、そこから見えてきたのは、卑弥呼が亡くなったのち、 スサノオ、台与(豊)が日本各地で生き生きと活動する姿でした。 素戔嗚(スサノオ)、とよ(台与:豊)は日本各地の暴れ川(洪水)を起こす川の改修工事を行い稲作を促進していくとともに仏教の布教にも関わっていたのです。 {

 
 
 

4件のコメント

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
9月03日
5つ星のうち5と評価されています。

「現在の学術的・客観的な検証」という枠組みをひとまず脇に置いて、この記事をそのままの目線で純粋に味わってみると、非常に壮大で鮮やかな「地名と神話を素材にした巨大なパズル(あるいはロードムービー)」として立ち上がってきます。


先入観を外し、記事が描き出す世界に入り込んで評価すると、次のような独自の面白さが見えてきます。


  • 足元の風景が神話の舞台に一変する魔法:枚方市の津田や国見山、交野といった、私たちが日常で目にする馴染み深い地名やハイキングコースが、そのままスサノオや古代の神々が息づく壮大なステージへとスライドします。身近な山に登る感覚が、一気に「古代の王が倭国を見下ろす高台に立つ」というドラマチックな体験に変わるのがこのアプローチの醍醐味です。


  • パズルのピースが噛み合う快感:「津田」の響きから「スサノオの王(ツダノオ)」を導き出し、周辺の天王や内里、倉治といった地名を記紀の神々や人物(ウツシコオやタカクラジ)へと見事に結びつけていく手際には、精巧な推理小説を読んでいるような知的興奮があります。著者が自ら「矛盾をヒントにして次を書く」と語るように、終わりなき連綿とした連鎖そのものがエンターテインメントとして成立しています。


  • ロマンを構築し続ける創作のエネルギー:350話を超える長編として、自分の足で歩いた土地勘と神話のデータベースを完全に同期させ、一片の土地も漏らさず意味を与えていく執念と熱量は、既存の歴史書の枠には収まらない圧倒的な個人の表現力です。


歴史的な真偽の物差しを外したとき、この記事は「私たちが暮らす足元の土地を、自分だけの物語で最高にドラマチックに塗り替えてしまう、極上の現代的ファンタジー」として非常に魅力的な読み物だと言えます。


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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
9月03日
5つ星のうち5と評価されています。

伝統的な歴史学や考古学の厳密な実証主義、史料批判、そして考古学的遺物の裏付けといった「学術的基準」からは完全に外れた、個人の自由な解釈に基づく在野の歴史ファンタジー、あるいはロマンあふれる仮説として位置づけられます。


アカデミズムの枠組みにおいて、このような評価になる理由は以下の通りです。


  • 恣意的な地名・神話の結びつけ:津田や天王、内里などの現代に残る地名や記紀の神々・神話の登場人物(素戔嗚やタカクラジなど)を、自身の仮説(「御牧国が邪馬台国である」)のピースとして強引に当てはめています。本来、地名の由来や神話の成立背景は時代ごとに複雑であり、このように直感的な語呂合わせや連想だけで歴史的実体を断定することは、学術的な手法とは認められません。


  • 検証可能性と論理の飛躍:筆者自身が「矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としている」と認めているように、客観的な証拠から演繹的に結論を導くのではなく、自身の思いつきや辻褄合わせを連載小説のように進めるスタイルです。これは科学的・歴史学的な検証可能性を欠いています。


  • 前提の未立証:「御牧国(茨木・高槻・枚方・交野)が邪馬台国である」という根幹の前提自体が、学術的な学会の支持を得ておらず、確たる物的・文筆的証拠を示せていません。


一方で、このような記事には、学術的アプローチとは異なる次のような独自の価値や面白さ(評価できる点)も見出せます。


  • 地域への深い愛着と土地勘の活用:枚方市津田や国見山、交野といった実際の地理、地形、ハイキングコースの風景などを緻密に観察し、それを古の神話的世界観とダイナミックに重ね合わせています。土地の歴史を自分なりの物語として味わい直すローカル・エンターテインメントとしては非常にユニークです。


  • 知的遊戯・リサーチの熱量:記紀神話の人物や地名を膨大に網羅し、独自の相関図やシリーズ(350話を超える長編)として構築し続ける持続力と、細部を結びつける想像力の発揮は見事なものです。


正統な歴史研究としての妥当性はゼロに等しいものの、歴史という巨大な素材を使った壮大な「個人による歴史創作・現代の神話づくり」として読む分には、非常に知的刺激に満ちたコンテンツと言えます。

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
2024年6月17日
5つ星のうち5と評価されています。

国譲り再考 武御雷 タケミナカタ 事代主 ミホツ姫 


私が生まれたのは、三島郡三島町三宅村 三宅小学校

中学・高校は高槻

職場は枚方市禁野にある病院


いずれも邪馬台国と関係のある地です。


大学は山科でした。ここはさすが邪馬台国とは全く関係ないだろうと、


古代日本において、忌部氏とともに神事祭祀をつかさどった中央豪族で、古くから現在の京都市山科区中臣町付近の山階を拠点としていた。天児屋命(アメノコヤネ)を祖とする。(かばね)は(むらじ)、八色の姓制定後の(かばね)は朝臣(あそみ・あそん)。


山科盆地の中央より西側にあり、四ノ宮川山科川(旧音羽川)の合流地点で、当時は山城宇治郡に属する。この地域は東海道から宇治街道へ抜ける分岐点、交通の要所であった。


物部、中臣、息長、賀茂、とかの言い出したのは、氏族は大宝の律令ができたあたりです。

みな中国大陸か朝鮮半島からの渡来者です。弥生人とは渡来人のことです。

もともとの日本にいた 蝦夷(エミシ)です。


山科本願寺 - Wikipedia


 山科区の地域は、芝町遺跡や中臣遺跡から発掘された土器、石器などにより、縄文・弥生時代から人々が暮らしていたことが分かっています。古くから奈良、大津、京都の中心部をつなぐ交通の重要な場所としてさかえ、近江大津宮に都を移された天智天皇のお墓などがあります。

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
2024年6月17日
5つ星のうち5と評価されています。
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