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廣田神社(大阪市)と 五十狭茅宿禰

tootake
1 時間前
読了時間: 7分

第1187話


前回:廣田神社~撞賢木厳之御魂天疎向津媛、「荒魂を皇居*の近くに置くのは良くない。広田国に置くのが良い。」とありこれが廣田神社の創建の由来とされています。*皇居~意味不明:大阪市浪速区にも廣田神社があるので、浪速の宮(難波京)のことかも。と書きました。


大阪市浪速区にあるの廣田神社の創建年代は不明ですが、神功皇后が三韓征伐から戻ってくると忍熊王が反旗を翻していた。皇后は王を避けて難波に上陸しようとしたが、船が海中でぐるぐる回って進めなくなってしまった。そこに廣田の地に天照大神の荒魂を祀るようにとの神託が降りたので、皇后は天照大神の荒魂・撞賢木厳之御魂天疎向津媛命を祀るや船が動き出したという。という神戸の廣田神社と同じ創建伝説があります。


兵庫県西宮市大社町の廣田神社と違うのは、大阪の廣田神社には「忍熊王が反旗を翻していた」という記述があることです。


日本書紀によれば、新羅征討(三韓征伐)の途中で仲哀天皇が崩御し、神功皇后は筑紫で誉田別尊(ほむたわけのみこと=応神天皇)を出産します。それを聞いた忍熊皇子は、次の皇位が幼い皇子に決まることを恐れ、筑紫から凱旋する皇后軍を迎撃しようとした。皇子らは仲哀天皇の御陵造営のためと偽って、播磨赤石(兵庫県明石市)に陣地を構築し、倉見別(犬上君の祖)と五十狭茅宿禰(いさちのすくね)を将軍として東国兵を起こさせた。

とあります。


この五十狭茅宿禰というのは、第1185話:生田神社とカマボコで書いたように、神功皇后元年に神功皇后が三韓征伐を終わらせて帰還とき、船が現在の神戸港で進まなくなったために神占を行った。すると、稚日女尊が現れて「吾は活田長峡国に居らむと海上五十狭茅(うながみのいさち)に命じて生田の地に祭らしめ神託があった。そこで皇后は海上五十狭茅を神主として、現在の新神戸駅の奥にある布引山(砂山:いさごやま)に稚日女尊を祀らせた。これが生田神社の始まりであると日本書紀に書いてあるのです。


海上五十狭茅というのは、五十狭茅宿禰のことです。文献でも海上五十狭茅と五十狭茅宿禰は、歴史的・伝承上の同一人物であると考えられています。

念のため、AIで確認すると

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『日本書紀』などの記述において、両者は以下のように異なる場面で登場しますが、同一人物(あるいは同一系統の伝承を持つ同名人物)として扱われることが一般的です。


  • 海上五十狭茅(うながみのいさち):神功皇后の三韓征伐からの帰還時、神戸の海で船が進まなくなった際、神託を受けて生田神社(稚日女尊)の神主として祀った人物として登場します。

  • 五十狭茅宿禰(いさちのすくね):『日本書紀』の神功皇后摂政紀や『古事記』(伊佐比宿禰表記)において、応神天皇の異母兄である忍熊王(おしくまのおうじ)らの反乱に加担し、東国の兵を率いて敗北・入水したとされる武人です。


文献(日本書紀など)のストーリー上では、神功皇后側に協力して神社を創祀した人物と、のちに皇后側の敵対勢力(忍熊王側)について敗死した人物が同じ時期に描かれているため、話の展開としては矛盾するような配置になっています。そのため、古くからの研究や歴史伝承の解釈においては同一人物説などが議論されてきました。


名前の五十(い、いと、いそ 等)の部分は皇室関係の古い名に散見されるが、意味は不詳。


ここまでが、AIの書いた文章

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五十狭茅宿禰の「五十」については、第1153話:五十はイソ(磯):五十瓊敷皇子・五十鈴姫で書いたように「五十:いそ」は「磯:いそ」のことでスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)・台与の本拠地のことです。


先代旧事本紀・国造本紀では五十狭茅宿禰は胸刺国造の祖としています。

胸刺国とは武蔵のことで、ウツシコオ・台与と関係の深い地です。

では次のように書いています。

武蔵国は、「夭邪志(むさし)」「胸刺(む(な)さし)」となどど表記され、兄多毛比命(えたもひのみこと)とその子である伊狭知直(いさちのあたい)を祖とするとされています。

兄多毛比命がスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米で、伊狭知直がウツシコオの子の台与です。(ちなみに五十狭茅宿禰『日本書紀』神功皇后摂政紀では五十狭茅宿禰、『国造本紀』では伊狭知直、『古事記』では伊佐比宿禰と表記されています。)


五十狭茅宿禰のそして、宿禰(スクネ(宿祢)はスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)のキーワードです。キーワードとは記紀に登場する宿祢をすべて宿祢=武内宿祢=ウツシコオに読み替えると、記紀が非常に分かりやすくなるということです。第502話:武内宿禰はウツシコオ(2) 第388話:スサノオのキーワードは角と竹と、、


によりますと、五十狭茅宿禰は難波吉士であるとされています。

難波吉士は阿部氏の祖です。阿部氏もウツシコオ・台与と関係の深い一族です。


これらのことにより、五十狭茅宿禰はスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)であると思われます。


大阪の廣田神社では、五十狭茅宿禰は、忍熊王の部下として働いています。

そして、神戸の生田神社では神功皇后(=台与)の部下として働いています。

これは、忍熊王は卑弥呼とすれば話が通ります。

ウツシコオは、姉のウツシコメ(卑弥呼)の宰相でした。


海部氏の系図である勘注系図では、孝霊天皇の時代に丹波国丹波郷にて宰(宰相)として奉仕していた海部氏は、山城国久世郡水主村に移ったとされています。

このときウツシコオが宰(宰相)として仕えていたのは、姉のウツシコメ(=卑弥呼)です。~第72話:卑弥呼は萬幡豊秋津師比売命!!


古事記、日本書紀では五十狭茅宿禰は、戦いに敗れた後、古事記では海上に出て忍熊王と共に歌を詠んだ海に入水したとあり、日本書紀では忍熊皇子と共に歌を詠み、瀬田の渡りに沈んだとされています。両書の記述から五十狭茅宿禰はこの時点で自決したものと見られています、日本書紀:神功皇后摂政紀では神功皇后の命令で稚日女尊を活田長狭国に祀ったとあります。


ウツシコオは台与が生まれことによって、姉のウツシコメに反旗を翻して戦いを挑んだと思われます。~第366話:狗奴国と女王国 第1173話:武装したアマテラス(卑弥呼)


    :劔神社と忍熊王



これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>





大阪の廣田神社の約170メートル南方に今宮戎神社が鎮座しています。なお、兵庫県西宮市においても廣田神社の約2キロメートル南方にも西宮神社が鎮座し、距離は異なるものの同じような位置関係にあります。



 
 
 

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2件のコメント

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
19分前
5つ星のうち5と評価されています。

奈良市に「押熊町」という地名が残されています。

忍熊王・香坂王の出身地とする説が有力。二王の舊跡地があります(後ほど記事を上げます)。ちなみに隣は「神功」という地名、その南方には神功皇后の治定墓が築かれています(記事未作成)。

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
1時間前
5つ星のうち5と評価されています。

<これまでウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王であることが判明した人物>


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