邪馬台国 第1120話~第1180話
更新日:9月17日
邪馬台国は、北摂=三島(御島)=枚方、交野、高槻、宇治であるという仮説をたて邪馬台国を探るプログです。
日本各地の地名をたどっていくと、そこから見えてきたのは、卑弥呼が亡くなったのち、
スサノオ、台与(豊)が日本各地で生き生きと活動する姿でした。
素戔嗚(スサノオ)、とよ(台与:豊)は日本各地の暴れ川(洪水)を起こす川の改修工事を行い稲作を促進していくとともに仏教の布教にも関わっていたのです。
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第1123話:九頭神廃寺史跡公園:久須々美・須須美
第1124話:瘡神社・朝原神社
第1125話:清見原神社:生野区・東成区
第1126話:可児市と桃太郎
第1127話:水俣~熊本県
第1128話:塩屋 鯯魚:古代のからくり師
第1129話:馬上八幡神社と恐ろしい者
第1130話:地神さん~広島県福山市瀬戸町
第1131話:高千穂明神と鬼八(きはち)
第1132話:秋葉神社と秋葉原
第1133話:波小僧(なみこぞう)~静岡県
第1134話:継体天皇は台与:AIとの対話
第1136話:神武天皇は台与:AIとの対話(3)
第1137話:邪馬台国は枚方・三島:AIとの対話(4)
第1138話:武内宿禰はウツシコオ:AIとの対話(5)
第1139話:神功皇后と武内宿祢:AIとの対話(6)
第1140話:丸太町と材木:皮堂と六角堂
第1141話:ナガスネヒコはスサノオ=ウツシコオ
第1142話:ニギハヤヒと高倉下~交野市倉治
第1143話:竜王山:龍は台与
第1144話:四道将軍の真実:大彦は台与
第1145話:梅宮大社と橘氏
第1146話:三島溝抗はスサノオ
第1147話:鷹居八幡神社:鷹と台与
第1148話:磯部・磯城・磯嶋~大阪府枚方市
第1149話:欠史八代と磯城(志木、師木)
第1150話:名草は渚:枚方市御殿山は邪馬台国
第1151話:八幡神と名草
第1152話:八雲立つ~大阪府高槻市
第1153話:五十はイソ(磯):五十瓊敷皇子・五十鈴姫
第1154話:天理市 石上神社
第1155話:二月堂の大観音と小観音
第1156話:ヤマトタケルは台与~AIとの対話(15)
第1157話:蘇我(千葉県)と寒川神社
第1158話:良弁は台与なのか?
第1159話:徳道上人は台与!
第1160話:お水取りと実忠:大御堂観音寺
第1161話:修二会(お水取り)と泉川(木津川)
第1162話:修二会(お水取り)と朱大王
第1163話:打ち出の小槌~兵庫県芦屋市
第1164話:天神は台与!!
第1165話:猪俣党~埼玉県児玉郡美里町
第1166話:源融(みなもと の とおる)
第1167話:源融と小野篁は同一人物??
第1168話:応神天皇は台与:AIとの対話(16)
第1169話:菱(ひし)に乗ってきた竜神さま
第1170話:櫻田山神社(山神社)~宮城県栗原市
第1171話:渚の院と惟喬親王
第1172話:金毘羅さんと天皇寺(てんのうじ)
第1173話:武装したアマテラス(卑弥呼)
第1174話:坂上田村麻呂と台与
第1175話:坂上田村麻呂 (2):東漢氏・井上氏
第1176話:花山天皇と西国三十三番札所
第1177話:聖徳太子は台与~AIとの対話(17)
第1178話:花山天皇と仏眼上人
第1179話:卑弥呼は宇那比姫命??
第1180話:紀三井寺~和歌山県和歌山市(名草)
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天五十楯天香語山命(あめのいたて あめのかごやまのみこと)は、系図資料の中で見られる非常に興味深い名称です。
この名前は、
天五十楯命(天五多底命・天五田根命)
天香語山命
という本来は別系統で伝えられる神名が結合した形と考えられています。 [jinja.nagoya], [jinjafan.jp], [ja.wikipedia.org]
通常の系譜では、
天火明命(饒速日命) ↓
天香語山命 ↓
天村雲命(別名:天五多底命・天五田根命)
となります。 [kotobank.jp], [jinjafan.jp], [ja.wikipedia.org]
ところが海部氏系図やその注記では、
天村雲命
天香語山命
天五十楯命
が同一人物の異名であるかのように扱われる箇所があり、その結果として
「天五十楯天香語山命」
という複合名が現れます。 [jinja.nagoya]
つまり研究上は、
として理解されることが多いです。 [jinja.nagoya], [jinjafan.jp]
ひろえさんの関心に引き寄せると、この問題は単なる神名の違いではなく、
尾張氏系統
海部氏系統
度会氏系統
の祖先伝承が後世に整理される過程で、
父(天香語山命)と子(天村雲命)が一部の系図で融合してしまった可能性
を示す事例として見ることができます。 [jinja.nagoya], [ja.wikipedia.org]
実際、海部氏系図では天村雲命と天香語山命の関係が必ずしも一貫しておらず、親子・兄弟・別名が混在するため、古代氏族の祖先伝承を再編した痕跡として注目されています。 [jinja.nagoya]
一般的な神名解釈とは別に、「五十楯(イタテ)」と「五十迹手(イトテ)」は実は同根ではないかというものですね。
ご提示の記事では、
五十猛(イタケル)
伊都都比古(イツツヒコ)
五十迹手(イトテ)
五十楯(イタテ)
を、「五十(イツ・イソ・イト)」という共通要素をもつ一連の名称として捉えています。 [hidemaru3375.com]
ただし、史料的には区別が必要です。
『先代旧事本紀』などでは天村雲命の別名は「天五多底(アメノイタテ)」として伝わっています。 [jinja.nagoya], [jinjafan.jp]
一方、
五十迹手(イトテ)は『日本書紀』仲哀紀・神功皇后紀に登場する伊都県主の祖です。 ご提示の記事でもその人物として説明されています。 [hidemaru3375.com]
したがって、現在確認できる文献上では、
五十楯 = イタテ
五十迹手 = イトテ
として別々に伝えられています。
しかし、ひろえさんの着眼点には興味深い部分があります。
古代語では、
五十 → イ・イツ・イソ・イト
楯 → タテ
迹手 → トテ・イトテ
のような音韻の揺れがあり得ます。
また、ご指摘のように関門海峡周辺の
イツツヒコ
五十迹手
五十猛
を同じ伝承群として見るなら、
「イタテ」と「イトテ」が同じ原型人物から分化した可能性
という仮説自体は立てられます。 [hidemaru3375.com]
ただし現段階では、それを直接示す古代史料は見当たりません。
私の見るところ、ひろえさんの仮説の強みは、
を単なる音の類似でなく、下関・彦島・糸島・伊都国という海上交通ネットワークの中で結び付けようとしている点です。 [hidemaru3375.com]
一方で弱点は、
ことです。
そのため学術的に言えば、
文献上の読みは「イタテ」
仮説としては「イトテ(五十迹手)との同一系統を疑う余地がある」
という整理になるでしょう。
天村雲命(あめのむらくものみこと)には、文献や伝承によっていくつかの別名があります。
主な別名は次のとおりです。
天五多底命(あめのいたてのみこと) または 天五多底(あまいたて) [jinja.nagoya], [weblio.jp]
天五田根命(あめのいたねのみこと) [jinja.nagoya], [jinjafan.jp]
天牟良雲命(あめのむらくものみこと) [jinjafan.jp]
天牟羅雲命(あめのむらくものみこと) [jinjafan.jp]
天二上命(あめのふたのぼりのみこと) [jinjafan.jp]
後小橋命(のちのおばしのみこと) [jinjafan.jp]
特に『先代旧事本紀』系統の伝承では、天五多底命(天五田根命) がよく知られています。 [jinja.nagoya], [weblio.jp]
また、伊勢の度会氏の伝承では、天村雲命が高天原と地上を往復して「天津水」をもたらした功績により、天二上命・後小橋命の名を与えられたとされています。 [jinjafan.jp]
古代史研究の観点では、天村雲命は
尾張氏・海部氏系譜の祖神
度会氏(伊勢神宮外宮神主家)の祖神
饒速日命系統の神
として位置づけられることが多く、そのため系譜ごとに異名が増えたと考えられます。 [jinja.nagoya], [kotobank.jp], [jinjafan.jp]
ひろえさんの研究テーマに近いところでは、「天五多底(イタテ)」という名が地名・氏族名にどう残ったかを追うと、天村雲命伝承の広がりを考える上で興味深い材料になるかもしれません。
「神武天皇とその軍は東征中、熊野で熊または悪神の毒気により倒れた。しかし、高倉下が剣をもたらすと覚醒したという。」この剣は佐士布都神といい、甕布都神とも布都御魂ともいい、石上神宮に祀られています。三種の神器の一つは草薙剣ですが、天叢雲剣(天のむらくも)とも言います。そして天香語山の子が天村雲(人名:天のむらくも)というのです。
オトヨ(乎止与命・小止与命・小豊命)は、尾張氏の系譜上では非常に重要な人物ですが、実は史料上の実在性はかなり不明瞭です。
確認できる内容を整理すると、次のようになります。
1. オトヨは記紀には登場しない
まず重要なのは、
『古事記』
『日本書紀』
にはオトヨの名は見えません。 [jinja.nagoya]
記紀で語られるのは主に
宮簀媛(ミヤズヒメ)
日本武尊(ヤマトタケル)
であり、父親であるオトヨについては触れられていません。 [jinja.nagoya], [jinja.nagoya]
このためオトヨの存在は、
『先代旧事本紀』
『新撰姓氏録』
尾張氏系図
熱田神宮関係伝承
に大きく依存しています。 [jinja.nagoya], [shinto.miraheze.org]
2. 尾張国造とされる
『先代旧事本紀』国造本紀では、
と記されています。 [jinja.nagoya], [shinto.miraheze.org]
つまり後世の尾張氏は、
天火明命→天香語山命→…→オトヨ
という系譜を構築し、その中でオトヨを尾張国造の祖先として位置付けています。 [jinja.nagoya]
3. ミヤズヒメの父
もっとも有名なのは、
という伝承です。 [jmediawiki.org], [jinja.nagoya], [jinja.nagoya]
また、
息子が建稲種命
娘が宮簀媛命
とされます。 [jinja.nagoya], [jinja.nagoya]
建稲種命は尾張氏の祖として非常に重視され、ヤマトタケル東征に従軍したという伝承があります。 [jinja.nagoya]
4. 父親が誰なのか分からない
興味深い点として、オトヨ自身の父系が不安定です。
系図によって
淡夜別命の子
小縫命の子
建多乎利命の子
など異伝があります。 [jinja.nagoya], [shinto.miraheze.org]
これは、
を示しています。
5. 研究上の見方
歴史学的には、
オトヨは神武・崇神・景行期の人物というより、
尾張氏が自らの権威を説明するために作り上げた系譜上の結節点
として見る研究者もいます。
なぜなら、
記紀に出てこない
系図が一定しない
国造本紀と天孫本紀で世代数が揺れる
ミヤズヒメとの関係が史料によって曖昧
だからです。 [jinja.nagoya]
あなたが引用された系譜との関係
ご指摘の
という理解は、『先代旧事本紀』天孫本紀の系譜そのものです。 [jinja.nagoya]
その系譜では確かに
オトヨは天火明命(アメノホアカリ)の十二世孫
となります。 [jinja.nagoya]
ただし、この部分は『先代旧事本紀』に依拠する系譜構成であり、記紀によって裏付けられているわけではありません。
むしろ史料批判的に見ると、オトヨは
天火明系尾張氏
ヤマトタケル伝承
熱田神宮創建伝承
を連結するために置かれた人物である可能性があります。
その意味でオトヨ自身よりも、
なぜ尾張氏がオトヨを必要としたのか
を考える方が歴史的には面白いかもしれません。オトヨは「尾張氏の政治的正統性」と「ヤマト王権との姻戚関係」を結びつける鍵人物として機能しているように見えるからです。