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阿部(安部)氏~岸辺(吹田市)

第196話


私の生まれた三島郡三島町三宅の最寄り駅はJR(当時国鉄)千里丘で、その隣が岸部駅でした。岸部というと海の近くを連想しますが、近くには海はありません。吉師氏と関連がある土地だと知ったのはつい最近です。岸部駅北西の吉志部神社があります。吉志部神社の社家は「岸氏」です。

吉師氏は、大阪府吹田市(岸部駅の次が吹田駅です)に本拠を持つ豪族です。社伝には、崇神天皇56年、大和瑞籬(大和の布留の社の石上神社・社家物部氏)より奉遷し、「太神宮」として創建されています。


岸氏は、安部難波吉師(あべ・なにわ・きし)と呼ばれ、紫金山麓に一大瓦工房を造り、難波宮や平安京の瓦を作ったとされています。吹田は淀川水運の要所で、継体天皇ゆかりと思われる「三国」の地名もあります。

大彦命の子に、波多武日子命(はたたけひこのみこと)という人がいて、この方が難波吉士(なにわきし)三宅人の祖となっています。そして、日本書紀による阿倍氏(のち安倍氏)は、孝元天皇の皇子大彦命を祖先とする皇別氏族です。飛鳥時代から奈良時代に大臣級の高官を輩出し、平安時代以後は「安倍」と称します。つまり、この岸部駅付近が阿部氏の発祥の地である言っても差し支えないようです。


あべのハルカスのある阿倍野の由来は、平安中期ごろから、上皇や貴族の間に、熊野詣にちなむものです。熊野街道は、大阪の渡辺津から和泉の小栗街道を経て紀伊に入り、熊野本宮へ行く街道で、沿道には熊野九十九王子と言われる神祠がまつられていました。阿倍王子だけが今も神社として祭られています。阿倍王子神社(あべおうじじんじゃ)は、大阪市阿倍野区にあります。


また記紀にはないものの、神楽の「塵輪」や「八幡宮縁起(島根県那賀郡雲城村八幡宮所蔵)」に登場する仲哀天皇の腹心、安倍高(竹)丸と助丸がいます。この高丸、「塵輪」では英雄なのに、「諏訪大明神絵詞」などには、坂上田村麻呂をてこずらせた悪者として登場している謎の人物です。蝦夷の王という観点から、奥州の安倍氏の人だとも言われています。神功皇后が新羅を征して凱旋し、大嘗会を行なった時、安倍氏の祖先が「吉志舞(きし・まい)」を奏したといいます。舞を奏し、内膳として仕えた阿倍氏は吉師部を統率していた伴部と考えられます。


奥州安部氏の祖は、安日彦とされています。「長脛彦は死んでおらず、兄の安日彦(アビヒコ)とともに津軽に渡り、津軽の土着民であった、阿蘇辺族、津保化族と併合して、荒吐族となった。」東日流外三郡誌(つがる・そと・さんぐんし)長脛彦の逃亡


令和4年(2022年)7月、凶弾によって殺された安倍晋三元総理大臣の母方の祖父は昭和の妖怪と言われた岸信介です。岸(きし)なのも、三宅の「吉師氏:岸氏」と関連があるのでしょうか。


※これまでの記事はこちらです。

※このプログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。



JR岸部駅(吹田市)


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