藤原不比等と田辺史氏(1)甲斐の国造
- tootake
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第937話
笛吹川(ふえふきがわ)は、甲斐の国(山梨県)をながれています。日本三大急流の富士川水系の一級河川です。最上川、球磨川とともに日本三大急流のひとつである富士川水系の笛吹川は地形が急峻なため、梅雨や集中豪雨、台風により洪水が起こりやすい川です。
このブログでは、ウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)=難升米と台与は日本各地の暴れ川の改修を行って稲作を促進してきたと書いてきました。きっと笛吹川の周辺にも、台与とウツシコオの痕跡があるはずだと思って調べてみました。
山梨県笛吹市石和町河内に佐久神社がありました。
山梨県甲府市下向山町にある佐久神社については、すでに第577話:日向土本毘古王=沙本毘古王は台与で書いてしまっていました。この佐久神社の祭神は、向山土木毘古王、建御名方命、菊理媛神、手力雄神です。祭神の向山土本毘古王(むこうやまとほひこおう)は彦火々出見尊の後裔で日向の国(日向は大阪府守口市)高屋御殿で生まれ第二代綏靖天皇の大臣となり、後に甲斐の国造に任命されます。其の頃甲斐の中央部は一面の湖で、この湖水を流動する為、南方山麓鰍沢禹の瀬の開削により、水を今の富士川に落とし、多くの平土を得、住民安住の地を確保したとされいます。昔、この地が湖水であった頃、水を抜いて、開拓したことによって、社名が佐久(さく)となった社伝にあります。
山梨県笛吹市石和町河内に佐久神社の祭神は、手力雄神だけです。
「社記に曰く、雄略天皇元年三月二十七日勧請、醍醐天皇の御宇延喜年中当国二十座の式内社に列せられる。又曰く、上古当国が湖沼なりし時、天手力雄命が大岩を裂いて水を涸らし現在の地となしたので、当国開梱の祖神として一国の中央の当地に奉斎す、と。社頭に中心の要石あり。本殿は文久二年に改築、昭和三十三年山梨県有形文化財に指定されてゐる。」
とあります。
手力雄神については、第401話:犬養氏:スサノオは天手力男神=野見宿禰 第506話:野見宿禰と当麻蹴速は同一人物でウツシコオの事としています。
ところで甲斐の国と大阪府枚方市とは関係が深いことは、第757話:甲斐国と甲斐田(枚方)で述べています。その中で、田辺史広足(たなべのふひと ひろたり)という人物がいます。奈良時代の官人で、天平3年(731年)に甲斐国の国司(甲斐守)として任官されています。続日本紀では、甲斐国における最初期の国司として知られています。
◎甲斐国における最初期の国司は、田辺史広足で、甲斐の国造が向山土本毘古王=手力雄神です。ということは田辺史広足=手力雄神=ウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)=難升米という図式が成り立つわけです。
田辺史広足(たなべのふひと ひろたり)という人物がいます。奈良時代の官人で、天平3年(731年)に甲斐国の国司(甲斐守)として任官されています。手力雄神は、神話の人物で、台与、ウツシコオは邪馬台国時代の人物です。
奈良時代の官人が邪馬台国時代の人間が同一人物であるはずがないと、思われるは当然です。しかし、これまでこのブログでは、古事記、日本書紀が歴史であると思っているためです。古事記、日本書紀は藤原不比等の創作としてきました。
田辺史広足が、甲斐国における最初期の国司としているのは、続日本紀です。
続日本紀は、平安時代初期に編纂された勅撰史書で、日本書紀に続く六国史の第二にあたるものです。菅野真道らによって延暦16年(797年)に完成した。文武天皇元年(697年)から桓武天皇の延暦10年(791年)まで95年間の歴史を扱っています。
この続日本紀も内容からみて、日本書紀と同様で歴史書では創作したもの(=小説)だと思われます。古事記、日本書記、続日本紀の作者(20~30人のグループ)にとっては、天照大神も藤原鎌足も、ウツシコオ、台与も過去の人物という点で同じなのです。どのようにでも都合の良いように書けるのです。
このブログでは、藤原鎌足はウツシコオとしています。~第787話:中臣鎌足は、、、
藤原不比等の娘である髪長姫(藤原宮子)は、台与としています。
~第927話:髪長姫(3):藤原宮子
藤原不比等と田辺氏の関係については、第813話:藤原不比等と田辺氏で書いています。
藤原不比等の周辺の人物には、ウツシコオ、台与に関わる人物が多いのです。
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<蛇足の追記>
古代甲斐国は「甲斐の黒駒」と称される名馬の産地として知られ、馬の生育地である牧が多く設置され御牧国とされていました。御牧国とは邪馬台国のことです。~第1話:ミマキ国は邪馬台国:邪馬台国はミマキ国 ~枚方
「甲斐の黒駒」伝説は、古代甲斐国(現在の山梨県)で生まれた名馬にまつわる壮大な物語で、馬産地としての甲斐の象徴的存在でもあります。黒駒は聖徳太子の愛馬です。
平安時代初期に成立した聖徳太子伝暦によれば、黒駒は、甲斐国から献上されたとされています。太子が試乗すると、馬は空を飛び、富士山を越えて信濃国まで駆け抜けたといいます。聖徳太子は台与です。~第719話:富士山と台与
佐久神社の社伝によると、祭神:彦火火出見尊の後裔であり甲斐国の大開祖・向山土木毘古王は懿徳天皇4年8月14日せられ大宮山古殿地に奉葬されたとあります。
彦火火出見尊=神武天皇は台与です。~第936話:彦火火出見尊は台与
懿徳天皇(いとくてんのう)の、日本書紀での和風諡号は大日本彦耜友(おおやまと・ひこ・すきとも)です。「おおやまと」は後世に付加された美称とされていますが、やまととは高槻・枚方のことだと思います。~倭(やまと)は高槻市、葛城は交野市
「すきとも」は鋤の神と推測する説があります。
鋤は、鉄器で農耕に用いることから、台与(豊)を思わせます。台与は、鉄の神であり、稲作の神でもあります。~五十鈴姫は鉄の神 饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作
これまでの記事はこちらです。
※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




大隅の名は他史料にほぼ見えない
<これまでウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)であることが判明した人物>
第374話:牛鹿臣はウツシコオ! 第371話:彦狭島命~吉備児島
第372話:建日方別:彦狭嶋命 第369話:神武西征~健磐龍命
第365話:君が代(2):君はウツシコオ 第363話:彦はすべて、ウツシコオ
第324話:武内宿禰はウツシコオ!! 第325話:天之日矛はウツシコオ
第326話:大日彦(オホヒヒ彦)~守口 第327話:于道朱君の衝撃~新羅
第328話:沙至比跪(サチヒコ) 第329話:アメノヒボコはウツシコオ
第330話:投馬国とウツシコオ~丹波(但馬) 第331話:朱智神社~迦邇米雷王
第333話: 牛頭天王(スサノオ)はアメノヒボコ?
第380話:猿田彦は異国人 第401話:犬養氏:スサノオは天手力男神=野見宿禰
第335話: 天道根命は道祖神=ウツシコオ 第334話: 大彦は、五十猛!
第336話:大屋彦~根の国は和歌山 第337話:阿多賀田須命~宗像氏
第338話:月読命(ツクヨミ) 第349話:天児屋命はウツシコオ!!
第357話:武甕槌神(タケミカヅチ)考 第317話:ひょっとこ:火男~天之御影命
第318話:空海のルーツは内色許男命! 第319話:和知津美命はワタツミ!!
第320話:欠史八代はヤマト=三島 第230話:三嶋溝抗命たち(複数)
第231話:神八井耳命は三毛入野 第232話:内色許男命は武埴安彦命!
第274話:八咫烏もウツシコオ 第275話:事代主もウツシコオ?
第279話:開化天皇 第280話:建角身命もウツシコオ
第263話:中臣氏~中臣烏賊津 第256話:ウガヤフキアエズのミコト
第244話:大津神社と建南方富命 第245話:豊御気主命は三毛入野!
第246話:高御産巣日神(高木神) 第247話:今迦毛大御神と天若日子
第249話:物言えぬ皇子~阿遅須枳高日子 第251話:猿田彦は塩土老翁神
第252話:迦毛大御神は崇神天皇! 第253話:キサガイヒメはウツシコオの母!
第354話:伊勢津彦はタケミナカタ =ウツシコオ 第254話:興玉命も内色許男命
第361話:宇都志国玉神と宇都志日金拆命 第394話:天御鳥命(武夷鳥命)は火の鳥
第395話:天日鷲命は、、、 第397話:獲加多支鹵大王(ワカタケル) =雄略天皇
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