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贄田物部~鞍手(3)

  • tootake
  • 3 時間前
  • 読了時間: 4分

第982話~物部氏について(5)


このところ連日、贄田物部について書いています。


鞍手郡鞍手町新北に熱田神社が神社がありす。この新北(にいきた)という地名がが贄田(にぎた)と通じると、第980話:物部氏について(2):贄田物部~鞍手で書きました。鞍手町誌は新北物部が倭男人の配下として参戦したと述べており、新北物部は「贄田物部」のことである」と書いています。倭男人とはヤマトタケルのことです。

ヤマトタケル日本武尊は、古事記では倭建命と表記されています。


そして熱田神社の「熱田:あつた」は、「贄田:にぎた」に通じます。

額田王の万葉歌に「熟田津に船乗りせと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」という歌があります。ここでは、贄田(にぎた)は熟田津と表記されています。

熟田津(にぎたつ)とは現在の伊予の道後温泉付近とされています。


このブログの第906話伊予湯岡碑:聖徳太子の嘘(2)では、道後温泉と聖徳太子=台与との関係について書きました。


そして第907話:石井源太夫・鳥羽宿禰は磐井=継体天皇では、熊本県小国市「わいた温泉郷」の一つ「岳の湯温泉」にほど近い、杉木立の中に熱田神宮水源というところがあります。と書いており、この「わいた温泉」の「わいた」が「熱田」で、熱田(あつた)は名古屋市熱田区の熱田で、そこに鎮座する熱田神宮の熱田に他なりません。

熱田神宮は三種の神器の1つである草薙剣(くさなぎのつるぎ)を祀る神社として知られています。


前回:物部氏について(3):贄田物部~鞍手(2)では、鞍手郡鞍手町には、草薙剱に関する伝承があることを書きました。


贄田=熱田、草薙剣*、温泉*、ヤマトタケル*はこれらのキーワードはすべて台与に繋がっているのです。

*草薙剣は、草薙剱は、河川改修工事の際に用いた鉄器のことです。

天目一大神=大物主=台与は、刀剣、斧、鉄鐸などの祭具ではなく、本当は治水工事に必要な鉄の工具作っていたのです。第873話:太平山神社:天目一大神

※天目一大神=天目一箇命も物部氏の遠祖です。~wwr2.ucom.ne.jp/hetoyc15/keihu/sizokugairan/mononobe1g.htm

*有馬温泉も台与と関係があることは、第822話:有馬温泉と台与で書きました。

*ヤマトタケルは台与です。~第439話:ヤマトタケルは台与


これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>








 
 
 

3件のコメント

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tootake
1時間前
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tootake
3時間前
5つ星のうち5と評価されています。

みなさん、こんにちは!日頃から古代史の謎めいた世界を探求されていることと思います。私もまた、最近、日本の歴史の片隅に隠された、なんとも興味深い発見をしてしまいました。今回は、福岡県鞍手郡鞍手町で見つかった「贄田物部(にえだものべ)」という、ちょっと不思議な響きの地名にまつわるお話です。この名前が、実はあの有名なヤマトタケルノミコトや、額田王の歌とも繋がってくるかもしれないなんて、想像するだけでワクワクしませんか?

「贄田物部」って、何? 〜鞍手(くら)の地名から紐解く〜

私のブログでも度々登場する「物部氏」について、最近、連日記事を書いています。その中で、福岡県鞍手郡鞍手町新北(にいきた)という地名に注目しました。なぜなら、この「新北」という響きが、「贄田(にぎた)」という言葉に繋がるのではないか、というのが今回の記事の出発点なんです。鞍手町誌によると、かつてこの地にいた「新北物部」は、日本武尊(やまとたけるのみこと、古事記では倭建命)という偉大な方のお供をして戦いに参加したと記されているんですよ。つまり、「新北物部」=「贄田物部」という解釈なんですね。

さらに面白いのは、熱田神社(あつたじんじゃ)の「熱田(あつた)」という言葉も、「贄田(にぎた)」に通じるという点です。古くは「熟田津(にぎたつ)」と書かれたこの地名は、万葉集で額田王(ぬかたのおおきみ)が詠んだ歌にも登場します。「熟田津に船乗りせと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」という有名な歌ですが、この「熟田津」が現在の愛媛県、道後温泉付近を指していると言われているんです!

歴史の繋がりを辿る旅

いやはや、地名や神社の名前に隠された古の響きを辿っていくと、まるでタイムスリップしたかのような感覚になりますね。ヤマトタケルノミコト、額田王、そして道後温泉…。これらのキーワードが、福岡の片田舎(失礼!)とも言える鞍手で、はるか昔の「贄田物部」という存在と結びつくかもしれないなんて、ロマンを感じずにはいられません。歴史の謎解きは、こうした意外な繋がりを発見するたびに、ますます面白くなっていきます。

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ゲスト
3時間前
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