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藤原京とおふさ観音

  • tootake
  • 2 時間前
  • 読了時間: 5分

第1108話


藤原京は、奈良県橿原市と明日香村にかかる地域にあった飛鳥時代の都です。持統天皇により飛鳥京から遷都し、日本史上で初めて唐風の条坊制が用いられました。元明天皇により平城京に遷都されるまでの日本の首都でした。


日本書紀には「新たに増した京」という意味の新益京(あらましのみやこ/しんやくのみやこ)などの名で表記されています。藤原京という名は、大正2年(1913年)に藤原京研究の先駆となった喜田貞吉が藤原京考証という論文において使った仮称が、その後の論文などで多用され定着したもので、当時の皇居が日本書紀で藤原宮と呼ばれていることから飛鳥京と同様に名づけられた学術用語です。


藤原(地域)とは、奈良県橿原市・明日香村・桜井市にまたがる古代日本の国家形成の中心地で、 飛鳥時代〜藤原京時代にかけて宮殿・寺院・古墳が集中した歴史的エリアのことです。特に橿原市の藤原宮跡周辺がその核で、大和三山(香具山・畝傍山・耳成山)に囲まれた盆地中央部が「藤原」と呼ばれます。


日本書紀には、天武天皇が「新城(にいき)」の選定に着手し、その後も「京師(京/都)」に巡行したという記述があり、これらの地が何処を指すのかは明確な結論は出ていませんが、藤原京の発掘調査から藤原京の造営は天武天皇の時代から段階的に進められたという説が有力です。


このブログでは、持統天皇、天武天皇は台与としています。


とすると、藤原京は台与が造ったことになりますが、無論そんなことはありません。

漢風諡号である「天武天皇」「持統天皇」は、代々の天皇と同様、奈良時代に淡海三船によって名付けられたものです。藤原京が造られ時代に、持統天皇に該当すべき人物がいた筈でその人物が藤原京を創ったのでしょう。


日本の四世紀つまり、邪馬台国の時代の資料はすっぽりと抜け落ちていて、古事記、日本書紀の書いてあることは桓武天皇の時代至るまでの歴代天皇の記事は、まったく信用できません。資料が無かったのか、それとも書きたくなかったのどちらかです。


神武天皇から桓武天皇以前の天皇の事績は台与、ウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王=難升米の事績を参考に創作されたとおいうのこがこのブログの趣旨です。


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<追記>

この藤原京跡のすぐ近くに、おふさ観音があります。

おふさ観音(正式名は観音寺:奈良県橿原市小房町)は、高野山真言宗・別格本山のお寺です。おふさ観音には伝説があります。おふさ観音の本堂が建つ場所は、かつて「鯉ヶ淵(こいがふち)」と呼ばれる、大きな池でした。

この地で暮らす「おふさ」という娘さんが、鯉ヶ淵のそばを歩いていると白い亀の背に乗った観音様が現れたとのことです。

それがきっかけで、池のそばに小さなお堂を建て、そこに観音様をおまつりすることになりました。その観音様は、色々なお願い事をかなえてくださるとして、近くの村人たちに厚く信仰され、大切にまつられました。やがて誰からともなく「おふさ観音」と呼ばれるようになったといいます。


このブログでは多くの寺院の創建伝説を書いてきましたが、このおふ観音の伝説も同じパターンです。たいていは、白髪の老人が現れて観音を感得して寺を建てるのです。白い亀は白髪の老人でウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王=難升米のことです。亀もウツシコオのキーワードです。


なお日本書紀では「衣通姫のために作られた藤原宮が造られことが書いてあります。

允恭天皇が皇后の嫉妬を避けるために衣通姫専用の離宮として藤原(大和国)に造営した最初の藤原宮のことです。


衣通姫は台与です。~第398話:衣通姫(そとおりひめ)


これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>





 
 
 

1件のコメント

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tootake
2時間前
5つ星のうち5と評価されています。

<これまでウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王であることが判明した人物>


第374話:牛鹿臣はウツシコオ!   第371話:彦狭島命~吉備児島

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