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朱智神社2~椿井文書

更新日:5月30日

第332話


椿井政隆は、山城国相楽郡椿井村(現在の京都府木津川市)で明和7(1770)年に生まれ、天保8(1837)年に没したという記録があります。


椿井政隆は近江国(滋賀県)で、精力的に活動し、近江国坂田郡を本貫とする息長氏の知識を得たと思われます。これを元に、山代大筒木真若王や迦邇米雷王など当地に関わりのあるかもしれない人物が息長氏に連なることから着想を得て、当地一帯の寺社の由緒に息長氏をねじこむことでより由緒正しく見えるよう細工したようです。


前号:朱智神社~迦邇米雷王 で述べた京都府京田辺市の観音寺を「中世までは普賢寺あるいは普賢教法寺と称していた」ことにし、また「朱智神社をその鎮守である」とし、さらに寺に「息長山」の山号を与えました。そして、「息長」や「朱智」という苗字の侍を祖とする系図を量産しました。息長という名詞が登場するのは、椿井政隆が若い頃に近江国膳所藩で活動しており、その時に得た息長氏の知識を得ていたからです。逆に言うと「南山城には息長氏が存在していなかった」ことを表しています。


椿井政隆は、自身が作成した偽書・「椿井文書」において、現在の米原市で朝妻川と呼ばれていた川に「息長川」の名称を与え、「朝嬬皇女墳」を世継村に、「星川稚宮皇子墳」を朝妻川の対岸の朝妻村に「設置」しました。朝妻川は天の川とも呼ばれていたので、椿井は七夕伝説を作り出そうとしたのです。湖北の七夕伝承は椿井文書由来のものです。


ただし前回の「朱智神社」の祭神を「迦爾米雷王」と考察したのは度会延経の著した神名帳考証が最初と思われ、椿井政隆はこれを参考にしたものと考えられます。


一方で、椿井文書に基づく社伝では迦爾米雷王を息長氏の祖と位置付けていますが、一般に息長氏の祖とされる人物は「意富富杼王」です。

仲哀天皇と神功皇后 - 応神天皇 - 若野毛二俣王 - 意富富杼王の系譜となっています。

 

一方、朱智神社は江戸時代には「牛頭天王社」と称し、当地の地名を「天王」と呼ぶのはこれに因みます。平安時代後期の作とされる京都府指定文化財の木造牛頭天王立像が伝えられており、古くから牛頭天王として祀られていたことは確実です。


椿井文書の内容の中には実際にあった伝承も組み込まれているとの指摘もあり、これが話を更にややこしくしています。


椿井文書に基づく社伝では朱智神社から京都の八坂神社へ勧請したとしていますが、当然ながら八坂神社ではそのような由緒を伝えておらず、「榊遷し」も記録がありません。

しかし、かつては毎年「榊遷し」の行事が行われていたと伝えられています。


私は、この辺り(京都府京田辺市天王)は天王すなわち素戔嗚(スサノオ)が支配していたものと思います。朱智神社の朱智の朱とは水銀のことで鏡造りには欠かせない材質です。おそらくこの地を簒奪したのが、和歌山県の名草からやって来たウガヤフキアエズの一族、すなわちウツシコオ(内色許男命)一族です。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 

※これまでの記事はこちらです。


<目次>


「興福寺官務牒疏」興福寺本      椿井文書 (biglobe.ne.jp)




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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
May 28
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