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楯縫2:出雲と台与(番外編)

  • tootake
  • 7 日前
  • 読了時間: 6分

第1040話


前回:楯縫:出雲と台与(8)で書いた茨城県稲敷郡美浦村郷中にある楯縫神社(たてぬいじんじゃ)は、普都(ふつ)神話の聖地の結び付きから竹来阿彌神社(下記)と関係が深く、往古は信太郡東西の総社として一宮二宮を称し、ともに永和元年(1375年)の円密院寺社供僧等言上状に「庄内第一之惣廟」と書かれています。楯縫神社は信太郡一宮として、旧郡域一帯では筆頭の格式にあり、普都主命*の神輿(みこし)を霞ヶ浦を介して阿彌神社に渡御する古式祭(鹿島神事*)も行っていました。

*普都主命(経津主:ふつぬし)はスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米(台代の父親)です。~第589話:彦狭知(ヒコサチ)の物語(1)~経津主神  


※楯縫の由来

普都大神は、葦原中国平定の後、木原(茨城県稲敷郡美浦村)で甲楯を脱ぎ、高来里(茨城県稲敷郡阿見町竹来)で登天した。甲楯を脱いだことから「楯脱」の地名が生まれ、後に「楯縫」になりました。社地には「楯脱山」の地名が残っています。


新編常陸国誌は「祭神:彦狭知命*と云伝ふ、郡中東33村の鎮守にして、即本郡の一宮也(社記、二十八社考、二十八社略縁起)、この神は神代の時に、紀伊国の忌部祖、手置帆負神と同く、天照大神の御為に、瑞の御殿を造り、又諸の祭器を作り仕奉りしが、この神は専ら盾を縫ひ作られし故に、楯縫神とも申せしなり(日本紀、古語拾遺)」とし、「楯縫神」たる彦狭知命を祀る社としています。

*彦狭知命はウツシコオ(内色許男命)です。


木原の村名は「古老相伝云、上古此処茫々たる荒原にして、杉檜処々に生ず、因りて木原と号く、或時一人の翁忽然と出現*し、里人に告げて曰、汝等家屋甚だ拙し、此の宮を見て作り立つべしと、一つ尺度を授けて、翁は杉の小陰に入り玉ひぬ、里人再拝教に従て、神前に群参し、此里に家居を始むと云り(二十八社略縁起)」とし、木原集落の形成が楯縫神社とともにあったことも伝えていんます。


稲敷郡郷土史には「維新前此は説により誰云ふともなく楯縫神社は大工の祖神なりと称し参拝せしものありしと」と、明治以前まで別伝がそれなりに伝播していたことを示唆する記述があります。


彦狭知命(ひこさち)は、日本書紀;神代下第九段で父の手置帆負神と共に登場し、作盾者(たてぬい)としたことが記されています。古語拾遺の神代段でも父と共に登場し、天御量を使って大小の峡谷の木を伐採して瑞殿を造営し、御笠・矛・盾を制作したとされています。


ちなみに出雲国風土記意宇郡楯縫郷の条には、「布都怒志命之天石楯縫直給レ之、故云二楯縫一とあり、經津主命なることしるへし」とあります。


阿彌神社(あみじんじゃ)は、茨城県稲敷郡阿見町竹来(旧信太郡竹来村*)にあります。明治初期までは旧信太郡の二の宮として「二の宮明神(二宮明神)」を称していました。


祭神は、健御雷之男命(タケミカズチ)で、配神として経津主命、天兒屋根命が祀られています。


*信太については前回も書いたように、「太:ふと=ふつ」で、経津主神(ふつぬし)の事です。

*天兒屋根命もウツシコオ(内色許男命)です。~第349話:天児屋命はウツシコオ!!


*健御雷之男命(タケミカズチ)は台与です。

第441話:タケミカヅチは台与!!では、次のように書いています。


鹿島神宮と香取神宮は利根川を挟んで相対する場所に鎮座 しています。この地は 古代の頃、交通の要衝であり、蝦夷との争いの最前線であった場所に、朝廷が日本屈指の武神である二神を東方の守りとなるように、鹿島神宮、香取神宮に鎮座させた と伝えられています。鹿島神宮の祭神は武甕槌大神(タケミカズチ)=台与です。

・香取神宮のカトリは「楫取 = かじ(舵)取り」という古名から、古くは航行を掌る神として祀られたという見方もあります。ウツシコオの幼名はヒコサチ(彦狭知)でもともとは熊野水軍です。船の操作にも長けていたほずです。~第97話:彦狭知忌部氏(彦幸)~和歌山・名草


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<蛇足の追記>

このブログを書いているうちに、古くある神社の創建にまつわる伝説には、しばしば老人()が登場することに気が付きました。


第691話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(1)~飯野山神社では、老翁が忽然と現れて米を炊いて日本武尊に献上し、日本武尊が大いに喜び、祠を建てて祀ったことに始まるそうです。

第694話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(4)~酒折宮では、身分の低い焚き火番の老人が登場します。※ヤマトタケルは台与です。~第439話:ヤマトタケルは台与 

第519話:六角堂と平安京で登場する老翁は唐崎明神の鎮守神のとされています。

老人(翁)は、白髪です。白髪=猿田彦=ウツシコオであることは、第845話:hidemaru3375.com/post/新羅は白髭-猿田彦で書きました。


木原の「木」は、ウツシコオ、台与にとって重要な資源でした。

素戔嗚の子とされる五十猛神(イタケル)は、木を多量に植えたとされています。

五十猛神(イタケル)は台与です。~第736話:イタケルは台与(1)


これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>








 
 
 

2件のコメント

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tootake
7日前
5つ星のうち5と評価されています。

皆さん、こんにちは!最近、またまた歴史の不思議にどっぷり浸かってしまった私です。今回は、私が茨城県を訪れた際に発見した、とっても興味深い神社の話なんですよ。特に、古代史や邪馬台国に興味がある方なら、きっとワクワクするはず。この「地名から読み解く邪馬台国」のブログで、いつも新しい発見があるのですが、今回も「これは!」と思ったことを皆さんにシェアさせてくださいね。

楯縫神社と竹来阿彌神社、不思議な繋がり

今回ご紹介するのは、茨城県稲敷郡美浦村にある楯縫神社(たてぬいじんじゃ)のお話です。この神社、ただ古いだけじゃないんです。普都(ふつ)神話の聖地との繋がりから、なんと竹来阿彌神社(たけくらべあみじんじゃ)とも深いつながりがあるらしいんですよ。昔は、信太(しのだ)郡の東西を治める総社として、一宮や二宮と呼ばれていたそうで、1375年の記録には「庄内第一之惣廟」と書かれているそう。つまり、この地域では一番格式の高い、特別な場所だったということなんです。

さらに興味深いのは、楯縫神社が霞ヶ浦を介して阿彌神社へ神輿を渡すという、古式祭(鹿島神事)を行っていたこと。これは、単なる地域の祭りではなく、神話の世界が息づいているかのような、荘厳な儀式だったと想像できます。

この楯縫神社に祀られているのは、彦狭知命(ひこさちのみこと)という伝承もあるようですが、ブログでは普都主命(ふつぬしのみこと)との関連が深く語られています。そして、この普都主命というのが、なんとスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米(台与の父)と同一視されているというから、もうロマンが止まりません!邪馬台国の女王・台与や、日本神話の根幹に関わるような話が出てくると、歴史の謎がさらに深まる気がします。

「楯縫」という名前の由来

この「楯縫」という地名、一体どこから来たのか気になりますよね。伝承によると、普都大神が葦原中国平定の後、木原(茨城県稲敷郡美浦村)で「楯を脱いだ」ことから「楯脱」という地名が生まれ、それが後に「楯縫」になったとされています。社地の近くには、今でも「楯脱山」という地名が残っているそうで、まさに神話の痕跡がそこにあるかのようです。

歴史の深淵に触れる

このブログ記事では、こうした神話や地名の由来を、もっと詳しく、そして私の個人的な感想も交えながら語っています。古代のロマン、そして「なぜこの地名が生まれたのか?」という探求心を満たしてくれる、そんな内容になっていると思います。皆さんも、この興味深い記事を読んで、一緒に古代の謎解きを楽しんでみませんか?

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tootake
7日前
5つ星のうち5と評価されています。

<これまでウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王であることが判明した人物>


第374話:牛鹿臣はウツシコオ!   第371話:彦狭島命~吉備児島

第372話:建日方別:彦狭嶋命  第369話:神武西征~健磐龍命

第365話:君が代(2):君はウツシコオ   第363話:彦はすべて、ウツシコオ

第324話:武内宿禰はウツシコオ!!  第325話:天之日矛はウツシコオ

第326話:大日彦(オホヒヒ彦)~守口  第327話:于道朱君の衝撃~新羅

第328話:沙至比跪(サチヒコ)  第329話:アメノヒボコはウツシコオ

第330話:投馬国とウツシコオ~丹波(但馬)  第331話:朱智神社~迦邇米雷王

第333話: 牛頭天王(スサノオ)はアメノヒボコ?

第380話:猿田彦は異国人     第401話:犬養氏:スサノオは天手力男神=野見宿禰

第335話: 天道根命は道祖神=ウツシコオ 第334話: 大彦は、五十猛! 

第336話:大屋彦~根の国は和歌山  第337話:阿多賀田須命~宗像氏

第338話:月読命(ツクヨミ)      第349話:天児屋命はウツシコオ!!

第357話:武甕槌神(タケミカヅチ)考    第317話:ひょっとこ:火男~天之御影命

第318話:空海のルーツは内色許男命!   第319話:和知津美命はワタツミ!!

第320話:欠史八代はヤマト=三島    第230話:三嶋溝抗命たち(複数)

第231話:神八井耳命は三毛入野    第232話:内色許男命は武埴安彦命!

第274話:八咫烏もウツシコオ   第275話:事代主もウツシコオ?

第279話:開化天皇          第280話:建角身命もウツシコオ

第263話:中臣氏~中臣烏賊津      第256話:ウガヤフキアエズのミコト

第244話:大津神社と建南方富命  第245話:豊御気主命は三毛入野!

第246話:高御産巣日神(高木神)  第247話:今迦毛大御神と天若日子

第249話:物言えぬ皇子~阿遅須枳高日子  第251話:猿田彦は塩土老翁神

第252話:迦毛大御神は崇神天皇!  第253話:キサガイヒメはウツシコオの母!

第354話:伊勢津彦はタケミナカタ =ウツシコオ 第254話:興玉命も内色許男命

第361話:宇都志国玉神と宇都志日金拆命  第394話:天御鳥命(武夷鳥命)は火の鳥

第395話:天日鷲命は、、、  第397話:獲加多支鹵大王(ワカタケル) =雄略天皇


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