世田谷と瀬田:地名から読み解く邪馬台国
- tootake
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更新日:1 日前
第1045話
先日(5月9日)、ブラタモリで成城のことについて放送していました。
成城が世田谷区であることを知りました。
世田谷は、第679話:伊豆美神社~東京都狛江市で書いた狛江市に隣接しています。
狛江市と、京都府相楽郡の伊豆美と非常に関係の深い地であることを書きました。
この記事を書いたときには気づいていなかったのですが、相楽郡の伊豆美は「美豆」で台与のことです。~第1025話:映画国宝と天知迦流美豆姫
東京都狛江市にも伊豆美神社があります。
東京都の伊豆美神社の近くには多摩川が流れています。延喜式には多麻郡の字であらわれ、のちには多磨郡とも表記され、「たま」「たば」と読まれたことから、地名の由来は、丹波が転訛したもの、かつて麻が多い地域であったという伝承があります。丹波については、第999話:脱解王の神話(1):多婆那国~第1013話:扶桑国は投馬国(丹波・但馬)で台与との関係を書きました。
ところで、滋賀県大津市には、瀬田という地名があります。琵琶湖から唯一流れ出る川が瀬田川です。瀬田には古いお寺や神社がたくさんあります。
・建部大社は、近江一之宮で祭神はヤマトタケルです。ヤマトタケルは台与 です。
ヤマトタケルについては、第691話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(1)~飯野山神社
~第699話:https://www.hidemaru3375.com/post/ヤマトタケルの足跡を訪ねて-9-健武山神社 で書きました。
・第857話:石山寺:石(岩)と金で書いた石山寺も瀬田川の近くにあります。
石山寺では、毎月18日に、牛玉(ごおう)さんと呼ばれる門前市が開催されます。
牛玉とは台与の父親であるスサノオ(津田の王)=難升米のことです。
・瀬田川を挟んで北大路御霊神社、御霊神社(瀬田川西側)、御霊神社(瀬田川東側)と3つの御霊神社があります。3社とも、西暦672年に起こった壬申の乱で破れ、瀬田川のあたりで自害したと伝わる大友皇子が祀られています。
第761話:天武天皇は台与(2):大友皇子と東漢氏では、大友皇子を養育したのが、大友村主です。大友村主も宿祢(蕃良宿禰)ですので、ウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)=難升米としています。
瀬田川を挟んだ東側にある御霊神社の由緒よると、彦座王(ひこいますのみこ:開化天皇の皇子)の第4世にあたる治田連(はるたのむらじ:淡海国造)の子孫が大友皇子の御霊を祀ったのが最初と書かれています。
彦座王は日子坐王命のことです。彦座王(日子坐王命)について、第1008話:日子坐王命:丹波と邪馬台国(7)でも書いています。~第455話:四道将軍で日子坐王は台与押しています。
このように瀬田は、台与、ウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)=難升米と関係の深い地です。ひょっとしたら世田谷は瀬田谷ではないでしょうか。
東京都世田谷区にある地名「代田」(だいた)や、さいたま市の「太田窪」(だいたくぼ)という地名があり、この「太田窪:ダイタクボ」というのが訛ってダイダラボッチになったのだと思います。第561話:ダイダラボッチ・大人弥五郎
※東京には、他にも台与と関係の深い地がいくつかあります。
第827話:石神井公園と豊嶋氏
第747話:浅草と枚方:茨田堤:武蔵の人・強頸
第732話:鬼子母神は台与?~東京都豊島区
第733話:神田明神は台与
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<蛇足の追記>
新宿区の牛込は、地名の通り、牛込の歴史は少なからず牛に縁がある地です。
701年(大宝元年)の大宝令(厩牧令)により、各地に官牧が置かれ、武蔵国の官牧のひとつに「神崎牛牧」があり、現在の牛込辺りであるとみられています。牛牧には「乳牛院」という牛舎が設けられ、一定期間、乳牛を床板の上で飼育したり、乳の出が悪くなった老牛や病気になったものを除いたりしていました。前回:邪馬台国と牛では、大阪市大桐に乳牛牧跡(ちゅうしまきあと)について書きました。大阪市大桐(だいどう)には、古代律令制時代以来、典薬寮(てんやくりょう:朝廷で医薬を取り扱っていた官省)に所属していた牛牧「味原牧(あじふのまき)」がありました。
これまでの記事はこちらです。

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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>



猪名県の佐伯部 | 南風 < NANPU >
この世田谷、実は私が以前書いた狛江市の伊豆美神社とも近くて、そこからさらに「邪馬台国」に繋がるかもしれないって、考え始めたら止まらなくなっちゃったんです。
「美豆」と「台与」の関係?
狛江市の伊豆美神社、そして京都府相楽郡の伊豆美(みず)。この「美豆」が、あの「台与(とよ)」のことかもしれないって、ふと思ったんです。延喜式に出てくる多摩川流域の「多麻(たま)」や「たば」の地名も、丹波と関係があるとか、麻がたくさんあったとか、色々な伝承があって、歴史の糸をたどるのは本当に面白いですね。
そして、滋賀県大津市にある「瀬田」。琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川が流れるこの地には、古いお寺や神社がたくさん。ここもまた、古(いにしえ)の物語を秘めているような気がして、ワクワクします。
地名から紐解く、遥かなる歴史
世田谷や瀬田といった、現代の地名が、もしかしたらあの壮大な邪馬台国の物語へと繋がっているのかもしれない。そんな想像を掻き立てられる、今回のブログ記事。皆さんも、身近な地名に隠された歴史のロマンを、一緒に探ってみませんか?
<台与シリーズ>
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