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庵治石と石切神社

  • tootake
  • 1 日前
  • 読了時間: 5分

更新日:1 時間前

第957話


庵治石(あじいし)という石の名前をご存じでしょうか。庵治石とは、日本を代表する最高品質石材の一つ。香川県高松市庵治町および牟礼町でのみ採掘されています。

庵治石は、石のダイヤモンドとも称され、美しさ、希少性、高い耐久性という特性を持っていることから墓石材や建築資材として国内外で高い評価を受けています。


石清水八幡宮の記録によれば、1339年の再建時に庵治石が石材として用いられています。 おそらく平安時代後期にはすでに加工が始まっていたと考えられます。


に下記のような記述がありました。

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庵治は奄智とも表記されます。旧事本紀の「奄智」に注目してみると、「豊門別命が三島水間君、奄智首、壮子首、粟(阿波)首、筑紫火別君の祖」であり「櫛角別命が茨田連の祖」だと記録しています。日本書紀では、襲武媛との子・豊戸別皇子が火国別の始祖であるとしています。


茨田連*(九州・彦八井耳)-茨田勝(山城・景行・息長)-彦人大兄(景行・息長)-豊門別命・豊戸別(奄智・火別君・火国別)-茨田連(讃岐、櫛角別命)


と云う景行帝を中心核に据えた一つの疑似円環が出来上がります。景行と奄智との繋がりは「天孫本紀」にある物部竺志連公(奄智蘰連の祖)が景行に随った(九州に遠征か)こと、彼の異母妹・五十琴姫が景行妃となっていること(子供が五十功彦命)など二重三重の縁で結ばれており、輪の最後に置かれた「櫛角別命」は「神櫛王、五十河彦命、五十香彦命」などとも同一人だと考えられます(姓氏録、右京皇別には『讃岐公、景行皇子、五十香彦命(亦名、神櫛別命)の後なり』とあります)。


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*茨田とは、守口市の全域、門真市の全域、大阪市鶴見区の一部(今津南、今津中、今津北、横堤以東)、枚方市の一部(菊丘南町、菊丘町、高塚町、岡山手町、岡東町より南西および川原町・香里ケ丘の各一部)、寝屋川市の一部(下神田町、中神田町、東神田町、清水町、錦町、東大利町、早子町、八坂町、平池町、豊野町、緑町、三井南町、成田南町、成田東が丘より北西および日之出町・本町・三井が丘の各一部)、大東市の一部(諸福、太子田、赤井、氷野、大東町より北西)のことで、私がミマキ国(邪馬台国)とする地域のことです。


新撰姓氏録に、茨田にはこの茨田勝という人物がおり、神八井耳命の子孫と書かれています。そして、河内国諸蕃部において、茨田氏の祖として「茨田勝 呉国王孫、筑紫太宰帥」と記載されています。~第746話:茨田堤と「呉の勝」:茨田勝


このブログでは、奄智について、第914話:蘇我氏の真実(3):蘇我氏と秦氏・葛城氏

で次のように書いています。


菴宜(あんち・あんぎ)からは、菴が巷に変化し巷宜(そが)となったのです。奄智蘊 (あんちのかづら):奄智(あんち:うち)は大和国城下郡の奄知村の地名にもとづき、雄略紀二十三年に筑紫安致臣某(宇摩志麻治命の九世孫・物部竺志連公の後裔)がみえます。蘇我(そが)氏の「そが」この巷宜(そが)は、菴宜=奄智(あんち)からきたもので、さらに、「あんち」は「うち」=「内」で、ウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王=難升米の「内」がなまったものです。



「うち」→「あんち」→菴宜(あんち)→巷宜(そが)→蘇我・曽我・素鵞ということです。素戔嗚(スサノオ)は、素鵞の字から思いついて付けられた名前ではないでしょうか。


上記より、庵治(奄智)=蘇我氏=秦氏=呉の勝=ウツシコオ・台与ということが分かります。私が東大阪にある石切神社(石切劔箭神社)に月参りしてことはこのブログでも述べましたが、饒速日とウマシマジを祀る神社が、なぜ「石切」というのか疑問に思っていましたが、庵治石の庵治(菴宜)が蘇我=秦氏=台与とすれば、「石切」の石が奄智 = 庵治石 讃岐の石工とすれば、理解できるのです。


饒速日=ウマシマジは台与です。~第456話:ウマシマジは台与!



※襲武媛・豊戸別皇子になどについては後述予定→襲武媛・豊戸別皇子は台与


これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>










 
 
 

2件のコメント

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tootake
21時間前
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tootake
1日前
5つ星のうち5と評価されています。

<これまでウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王であることが判明した人物>


第374話:牛鹿臣はウツシコオ!   第371話:彦狭島命~吉備児島

第372話:建日方別:彦狭嶋命  第369話:神武西征~健磐龍命

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第324話:武内宿禰はウツシコオ!!  第325話:天之日矛はウツシコオ

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第336話:大屋彦~根の国は和歌山  第337話:阿多賀田須命~宗像氏

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