top of page

開聞岳と枚聞神社

  • tootake
  • 15 時間前
  • 読了時間: 5分

更新日:11 時間前

第1057話


開聞岳(かいもんだけ)は、薩摩半島の南端にあり、古来より鹿児島に入港する船の目印となっていたため、錦江湾の「海門(かいもん)」であったといいます。

しかし、開聞の本来の語源は「ひらきき」とされます。


神話によると、瓊瓊杵尊*(ににぎのみこと)がこの地を訪れた際に「われ今にひらに来たりき(今まっすぐにここへ来た)」と言ったことが由来とされ、その言葉から「ひらきき」という地名が生まれました。時代とともに「ひらきき」は「かいもん」と呼ばれるようにな

ったのです。

その名残として、山の麓には「枚聞神社(ひらききじんじゃ)」があり、山頂にはその奥宮が祀られています。現在では神社のみ「ひらきき」と読み、山は「かいもん」と呼ぶのが一般的です。


開聞岳(かいもんだけ): 薩摩冨士とも言います。枚聞神社は鹿児島県指宿市開聞十町にあり、古来海洋・航海の神として崇められてきました。


大正14年8月の「枚聞祭神調書」によれば、枚聞神社は後鳥羽天皇の頃から後陽成天皇の慶長4年までは、和田都美神社と称せられていたと伝えており、当時の祭神は和田都美神(わだつみ)*であったと思われます。「神名帳頭注」)も和田都美神としています。

「一宮記」では、「和田都美神社、枚聞神と号し」との記述がありますが、祭神は塩土老翁猿田彦神*としています。「三国名勝図会」と「神社撰集」は共に猿田彦神としており、明治維新の「廃寺方被仰渡」では国常立尊、大日貴、猿田彦大神の三座を祭神としています。


*瓊瓊杵尊(ニニギ)は台代です。~第436話:瓊瓊杵尊:ニニギは台与

*和田都美神(わだつみ)=綿津見は少童命(わたつみ)とも書きます。綿津見=少童命は台与です。~第848話:hidemaru3375.com/post/底津少童命(わたつみ)

*塩土老翁・猿田彦神は台与の父であるウツシコオです。


ヒラキキの「ヒラ」とは、私が邪馬台国とする枚方(ひらかた)の「ヒラ」です。

大阪府枚岡(ひらおか)にある枚岡神社の「ヒラ」でもあります。

中臣氏は、中臣連姓を負う以前はト部(占部)姓を負っており、本来は河内の平岡連が本宗的な存在であったと考えられています。

平岡連の「平岡」は「枚岡」で、大阪府東大阪市出雲井町(いずもいちょう)に、河内一宮である枚岡神社があります。奈良県にある春日大社は、この枚岡神社をそのままコピーしたものです。


上記より、ウツシコオ・台与は、薩摩半島の南端(鹿児島)にも船で来ていたと思われます。


ところで鹿児島という地名ですが、鹿は、スサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米のキーワードです。鹿=ウツシコオの児(子)と言えば台与ということになります。~第388話:スサノオのキーワードは角と竹と、、


こんな話も残っています。江戸中期の薩州穎娃(さっしゅうえい)開聞山古事縁起』(快宝法印作)によれば、飛鳥時代の大化5年(648)、「天ノ岩屋」で塩土老翁が修行をしていると、雌鹿が来て法水を飲んでしまいました。すると鹿はたちまち妊娠し、美しい女の子を産んだというのです。塩土老翁は、その子を瑞照姫(みずてるひめ)と名づけ大事に育てました。 姫が2歳になり読み書きを覚え、詩歌も暗唱するという才女ぶり。

うわさは朝廷に伝えられました。13歳*になると、大宮姫(おおみやのひめ)と名づけられ、宮中に上がり、とうとう天智(てんじ)天皇の妃になりました。 ところがある日、足袋がぬげ、姫の足の爪が鹿の爪であることが分かり、天智天皇の皇子、大友皇子(みこ)はじめ、宮中の官女たちにねたまれ、大宮姫は故郷の開聞岳の流されてしまいました。この大宮姫をまつったのが、枚聞神社のはじまりだということです。

*13歳~魏志倭人伝によると台与が邪馬台国の大王に即位したのは13歳です。


=========================================

<蛇足の追記>

薩摩(さつま)とは、西の果てという意味です。

「アズマ(東)」や「サツマ(西)」といった地名は、古代神話や英雄伝説と深く結びついており、地理的な位置だけでなく、物語的・象徴的な意味を帯びています。特に倭武命(ヤマトタケル)や天孫降臨の神々の足跡が、地名の由来として各地に残されています。

「アズマ(吾妻)」と神話の関係

群馬県吾妻郡嬬恋村の地名は、倭武命が東征の帰途、亡き妻・弟橘媛(おとたちばなひめ)を偲んで「吾が妻よ(あづまや)」と嘆いたことに由来します。

この言葉が「アヅマ=東国」の語源とされる説もあり、東征神話と地名が密接に結びついている例です。ヤマトタケルは台代です。~ヤマトタケルは台与

「サツマ(薩摩)」と神話の関係

鹿児島県(薩摩)は、天孫降臨の舞台である日向(ひむか)地方の一部とされ、ニニギノミコトが降り立った高千穂峰や、コノハナサクとの出会いの地・笠沙岬など、神話の重要な場面が展開する地域です。


これまでの記事はこちらです。


{広告}

本能寺の変、秀吉の中国大返しを描く、娯楽超大作、絶賛発売中!!

200円です。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>




 
 
 

2件のコメント

5つ星のうち0と評価されています。
まだ評価がありません

評価を追加
秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
15時間前
5つ星のうち5と評価されています。

開聞岳、別名「薩摩富士」とも呼ばれるこの山は、本当に美しい円錐形をしていて、まるで富士山みたいなんです。鹿児島に昔から入ってくる船にとっては、大切な目印だったそうですよ。「海門(かいもん)」、つまり海の入り口だったから、この名前がついたっていう説もあるんですって。ロマンがありますよね!


でもね、面白いことに、「開聞」という名前の本当の語源は「ひらきき」らしいんです。神話によると、あの有名な瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)様がこの地を訪れた時に、「われ今にひらに来たりき」とおっしゃった。つまり、「私は今、まっすぐにここへやってきた」という意味だそうで、そこから「ひらきき」という地名が生まれたんですって。時代が経つにつれて、これが「かいもん」って呼ばれるようになったんだとか。歴史の移り変わりって、本当に興味深いですよね。


その「ひらきき」という名前を残しているのが、山の麓にある「枚聞神社(ひらききじんじゃ)」です。ここは古くから、海の神様、航海安全の神様として、たくさんの人々から崇められてきたんですよ。昔は「和田都美神社」と呼ばれていた時期もあったそうで、海の神様である和田都美神(わだつみのかみ)様が祀られていたとも伝えられています。海との関わりが深い土地なんですね。

編集済み
いいね!

秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
15時間前
5つ星のうち5と評価されています。

<台与シリーズ>

hidemaru3375.com/post/天鈿売命(うずめ)は台与(豊)

https://www.hidemaru3375.com/post/かぐや姫は、台与(とよ)

https://www.hidemaru3375.com/post/磐井の乱と台与

https://www.hidemaru3375.com/post/豊受姫(豊受大神)は崇神天皇

https://www.hidemaru3375.com/post/火明命は饒速日なのか??

https://www.hidemaru3375.com/post/豊鍬入姫命-日光と男体山・女峰山

hidemaru3375.com/post/台与と秦氏  敏達天皇は台与(豊) 

衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!

孝昭天皇は台与:日原は目原  飯豊王女は台与(トヨ)なのか?

金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ    大宜都比売(おおげつひめ)は台与 

倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ??  神八耳命は台与(豊)

饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作  台与は饒速日②~交野市倉治

小楯姫は台与:小楯は枚方   四道将軍:日子坐王は台与!

少彦名大神(スクナヒコ)は台与!  大彦は台与!??

ウマシマジは台与!    阿蘇都媛は台与

沼河比売は小楯姫=台与  タケミカヅチは台与!!

ヤマトタケルは台与  瓊瓊杵尊:ニニギは台与

継体天皇はトヨ(台与)??!  継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社

継体天皇は台与3~田井(寝屋川市)  英彦山と台

いいね!
bottom of page