高地性集落~阿知須町(周防)
- tootake
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更新日:21 時間前
第1056話
高地性集落とは、弥生時代に平地から比高差のある山頂や丘陵の尾根上に形成された集落のことで、周囲の平野や海を見渡せる位置にあります。水田耕作には不向きな場所に立地するため、農業生産よりも防御や情報伝達の目的が重視されたと考えられています。全国で約700ヶ所の高地性遺跡が確認されており、そのうち住居跡が発掘されているのは約200ヶ所です。
高地性集落が、最初に発見されたのは明治34年(1901年)です。瀬戸内海を周防灘(すおうなだ)を見下ろす山口県阿知須(あじす)町引野のカンガラ山(貝殻山)の山頂に貝殻が散布していることを聞いた山口県の考古学者である篠原市之助氏が当時の雑誌「考古学」に投稿しました。
このカンガラ山は引野遺跡とされ、関心は、これまでもっぱら貝塚にのみ向けられてきました、昭和51年に行った調査によって初めて貝塚に伴う集落にスポットがあてられていました。
兵庫県の会下山遺跡は:弥生時代中期後半の集落で、見晴らしが良く、周囲の村や人々への情報伝達に利用された可能性があります。
香川県の紫雲出山遺跡は、標高352mの丘陵上に位置し、大量の打製石鏃が出土しており、軍事的性格を帯びた集落とされます。
高地性集落は弥生中期に中部瀬戸内や大阪湾岸、弥生後期には近畿地方やその周辺に多く形成されました。古墳時代前期には西日本の広島・鳥取、北陸の富山・石川・新潟にも分布しますが、北部九州にはほとんど見られません。
高地性集落は、単なる防御施設ではなく、眺望性を活かして情報伝達や監視の役割を果たしたと考えられています。のろしや視認による情報伝達、物資の流通、他地域との交流など、多様な機能を持つ集落でした。また、出土遺物の分析から、低地集落と同様の生活を営んでいたことも確認されています。
高地性集落の出現が当時の社会的緊張の高まりを反映 し,またその動向が「魏志倭人伝」に記された倭国の動乱に対応するという見方が有力です。高地性集落がもっとも広く分布するのは、弥生時代中期後半〜後期(紀元前100年〜紀元後200年)で、特に後期前半〜中頃(紀元0〜150年頃)に集中します。 これは魏志倭人伝が記す倭国大乱(2世紀後半、桓帝・霊帝期=146〜189年)と大きく重なります。
山口県の周防については、第213話:長脛彦の物語で書いたように、三毛入野に関係の深い地です。山口県周南市大字呼坂字勝間にある熊毛神社の祭神は、御毛入沼命(三毛入野)と玉依姫命です。山口県柳井市大字伊保庄近長にある鴨神社、山口県岩国市にある岩隈八幡宮でも御毛入沼命と玉依姫命を祭っています。周防国風土記には、三毛入野の祖先がこの熊毛郡に天下りしたという伝承が載せられており、三毛入野は周防国熊毛郡の王と称するほどの存在でした。
三毛入野は神武天皇=台代です。~第245話:豊御気主命は三毛入野!
第146話:神武天皇の正体~若御毛沼命 第75話:高千穂 ~三毛入野と五瀬命
第578話:景行天皇(第12代)と神夏磯姫で書いた神夏磯媛も、日本書紀に、景行天皇の筑紫行幸の途上、周防(山口県)から派遣された武諸木に服属の意を示した豪族として登場します。神夏磯姫も台与(豊)だと思われます。
第400話:大内氏:周防は諏訪!では、周防は諏訪としました。諏訪の神とされるタケミナカタ(南方刀美神)は長野県の諏訪だけに居たのではないことは第992話:タケミナカタはなぜ諏訪に行ったのか?で書いています。タケミナカタ(南方刀美神)の南方は大阪市の地名です。タケミナカタは台与もしくはその父親であるウツシコオです。
これらのことにより、瀬戸内海を周防灘(すおうなだ)を見下ろす山口県阿知須(あじす)町引野のカンガラ山(貝殻山)の高地性集落は、台与、スサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米に関連があると思われます。
周防は瀬戸内海でも重要な交通の要所です。
高地性集落は瀬戸内では、 内海航路の見張り・狼煙伝達・海上交通の制御 という機能が指摘されています
山口県阿知須(あじす)町の阿知須(あじす)とはアジスキタカヒコネ(味鉏高彦根尊)の「あじす」ではないでしょうか。アジスキタカヒコネは台与です。
~第874話:高負彦根神社:アジスキタカヒコネは台与 第553話:阿自岐神社~滋賀県豊郷町安食
高地性集落は「弥生時代後期〜古墳時代前期初頭(3世紀末〜4世紀初頭)」にほぼ消滅します。これは、倭国大乱によって、台代が邪馬台国(大和)の大王に即位して日本を平定し統一したからでしょう。
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<追記>
従来、研究者の考えでは倭国大乱の中心はしばしば北部九州と想定されてますが、高地性集落は、九州では見つかっていません。高地性集落は、瀬戸内沿岸(広島・岡山・兵庫)、近畿(和泉・河内・奈良周辺)に密集しています。これは倭国大乱は近畿地方(邪馬台国)を中心とした出来事であったことを示しています。
これまでの記事はこちらです。
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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




安乎岩戸信龍神社(兵庫県洲本市)~龍の伝説が息づく淡路島のパワースポット~ - サクナダリ
高地性集落とは?~防御と伝達の視点から~
そもそも「高地性集落」って、一体どんなものかご存知でしょうか?これは、弥生時代に、平野部から見渡せるような、比高差のある山頂や丘陵の尾根上に築かれた集落のことを指すそうです。水田耕作にはあまり向かない場所を選ぶあたりが、まず面白いですよね。ということは、単に食料を生産するためだけでなく、もっと別の目的、例えば「防御」や「情報伝達」といった、戦略的な意味合いが重視されていたんじゃないか、と想像すると、古代の人々の知恵に感心してしまいます。全国で約700ヶ所も見つかっているそうですが、実際に住居跡が発掘されているのはそのうちの約200ヶ所だとか。まだまだ解明されていない謎がいっぱいありそうです。
発見のきっかけ~阿知須町(周防)のカンガラ山~
そんな高地性集落について、初めて発見されたのは、なんと明治34年(1901年)のことだそうです。山口県の阿知須町、現在の山口市阿知須町にある「カンガラ山(貝殻山)」という場所でした。瀬戸内海、周防灘を見下ろせる、まさに絶好のロケーション。ここで貝殻が散布しているのを見つけた考古学者の篠原市之助氏が、当時の雑誌に投稿したのが始まりだそうです。このカンガラ山は「引野遺跡」とされ、当初は貝塚ばかりに注目が集まっていましたが、昭和51年の調査で、ようやく貝塚に伴う「集落」としてスポットライトが当てられた、という経緯があるそうです。ロマンですね!
さらなる探求へ~あなたも古代の謎解きに参加しませんか?~
このブログ記事では、阿知須町のカンガラ山遺跡の発見の経緯から、高地性集落が持つ国防や情報伝達の役割、さらには兵庫県の会下山遺跡や香川県の紫雲出山遺跡といった他の高地性集落についても触れています。古代の人々が、どのような思いで、どのような暮らしを営んでいたのか。その痕跡から、私たち現代人が学べることはたくさんあるはずです。ぜひ、この機会に「高地性集落」の世界に足を踏み入れてみませんか?
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