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稲荷山古墳出土鉄~ヒコ・スクネ・ワケ

  • tootake
  • 24 時間前
  • 読了時間: 5分

第1104話


稲荷山古墳出土鉄剣のことは、第397話:hidemaru3375.com/post/獲加多支鹵大王(ワカタケル)で書きました。1978(昭和53)年、埼玉県の稲荷山古墳で発掘された鉄剣に、金象嵌(きんぞうがん)でその名前が刻まれています。


表裏あわせて115文字の「銘文」が刻まれており、剣の持ち主「ヲワケ臣(おわけのしん)」という人が、大王に仕えた記念に刻んだものです。


辛亥年七月中記乎獲居臣上祖名意富比垝其児多加利足尼其児名弖已加利獲居其児名多加披次獲居其児名多沙鬼獲居其児名半弖比


辛亥の年七月中、記す。ヲワケの臣。上祖、名は意富比垝:オホヒコ。其の児、(名は)多加利足尼:タカリのスクネ。其の児、名は弖已加利獲居:テヨカリワケ。其の児、名は多沙鬼獲:タカヒシ(タカハシ)ワケ。其の児、名は多沙鬼獲:タサキワケ。其の児、名は半弖比:ハテヒ。


稲荷山古墳出土鉄剣は裏にも文字があり次のように書かれています。


其児名加差披余其児名乎獲居臣世々為杖刀人首奉事来至今獲加多支鹵大王寺在斯鬼宮時左治天下令作此百練利刀記奉事根原


奉事根原也の「」について、「吾」の繰り返しも稚拙であり、本来は「為」の字であったとして「天下を治むるを佐けんが為に」と読むという説もあります。

~(宮崎 1983, p. 141=146)。


稲荷山古墳出土鉄剣の銘文をヲワケ臣に対する墓誌の一種と理解すれば、ヲワケ臣の非儀にあたり彼と何らかの関係を有したワカタケルの一族が奉事の根原を記した百練利刀をつくらせ、ヲワケ臣の遺骨に奉納したものとみることができ、ヲワケ臣が「吾」であるとすれば,生前に死を前提として鉄剣銘を刻ませたという少々無理な理解をせざるをえないといわれています。


稲荷山古墳出土鉄剣の銘文は、稲荷山古墳の埋葬者の権威を高めるために、ヒコ・スクネ・ワケの名を持つ人物を入れたのではないでしょうか。


ヒコ・スクネ・ワケという順序は、氏族の個人的英雄性(ヒコ)→制度化された世襲職(スクネ)→地方分権的な分家・別領(ワケ)という政治社会の変容を示す証拠です。


稲荷山鉄剣のような銘文は、5世紀前後のヤマト政権の支配構造が地域豪族の序列化と官職化を通じて整備されたことを裏付けます。


・ヒコ(彦)は古い豪族的個人名や尊称に由来し、古墳時代前期~中期に広く用いられ、氏族祖の神話化や英雄化と結びつきます。

・スクネ(宿禰)は、地方首長や有力家の世襲的職名・氏位を示す語として定着。中央政権との関係で格式化された称号であるとされています。

・ワケ(別)は、地方に派遣された「別(わけ)」=分家・別王の意味を含み、地方支配の分化・分封化を反映する称号として用いられています。


第454話:大彦は台与!??#では、次のように書きました。

安本美典氏は、本朝皇胤紹運録によると大彦の孫は「豐韓別命」で、稲荷山古墳出土鉄剣銘文の「意富比(オホヒコ)」の孫「弖已加利獲居(テヨカリワケ)」と読み方が似ているとしています。また、豐韓別命は武渟川別の子とされています。


豐韓別命(トヨ・カリ・ワケ)=弖已加利獲居(テヨ・カリ・ワケ)ということです。

安部氏の系図では、「孝元天皇→大彦命→武渟川別命→豊韓別命→雷別命」となっています。参照:阿倍氏 - Wikipedia

これを解釈すると「武渟川別命=豊韓別命=雷別命(タケミカヅチ)=台与(豊)」です。参照:第441話タケミカヅチは台与!!


今回問題にしたいのは、古墳出土の鉄剣銘からは称号が「ヒコ → スクネ → ワケ」と変化した痕跡が読み取れ、これは氏族の世襲的地位化とヤマト政権の支配構造の成熟を示します。という点です。


このブログでは、ヒコ:彦については、第363話:彦はすべて、ウツシコオという記事を書いています。

ワケについては、第710話:ワケ王朝は、のれん分けで、「分け:ワケ」は、別れで正当な継承者という意味です。とし「ワケ」とは、台与のことと書きました。

そして、スクネ(宿祢)はスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)のキーワードです。キーワードとは記紀に登場する宿祢をすべて宿祢=武内宿祢=ウツシコオに読み替えると、記紀が非常に分かりやすくなるということです。第502話:武内宿禰はウツシコオ(2) 第388話:スサノオのキーワードは角と竹と、、

このブログでは、様々な宿祢が登場してきましたが、すべてウツシコオとすれば、話の流れが明確に見えてくるのです。


これは私の説だけではなく、神社伝承や後世の系譜では「椎根津彦(槁根津日子)に倭宿禰の称号が与えられ、大倭宿祢と同視される」という説が存在します。椎根津彦=うず彦はウツシコオです。~第84話:うず彦(椎根津彦) ~浦島太郎 第590話:彦狭知(ヒコサチ)の物語2~珍彦(ウズヒコ)


関連項目:第522話:雄略天皇は台与(豊)!


これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>






 
 
 

2件のコメント

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
8時間前
5つ星のうち5と評価されています。
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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
1日前
5つ星のうち5と評価されています。

<これまでウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王であることが判明した人物>


第374話:牛鹿臣はウツシコオ!   第371話:彦狭島命~吉備児島

第372話:建日方別:彦狭嶋命  第369話:神武西征~健磐龍命

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第324話:武内宿禰はウツシコオ!!  第325話:天之日矛はウツシコオ

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