兎我野・梅田~大阪の邪馬台国
第1191話
昨日(202.9.23)太融寺で開かれた落語会に行ってきました。
太融寺で落語会が開かれることは、第1166話:源融(みなもと の とおる)で書きました。
落語会は、太融寺の本坊の2階で開かれるのですが、1階では太融寺の前身である安曇寺から出土した高坏などが展示されていました。そして太融寺の現地名は大阪府大阪市北区太融寺町ですが、旧地名は兎我野(とがの)だということも知りました。
安曇寺の「安曇」は、安曇(阿曇)氏はウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)一族としています。~第591話:彦狭知の物語(3)~安曇氏
古事記では「阿曇連はその綿津見神の子、宇都志日金柝命の子孫なり」と記され、新撰姓氏録では「安曇連は綿津豊玉彦の子、穂高見命の後なり」と記されています。
綿津見神(わたつみ)は台与です。~第848話:hidemaru3375.com/post/底津少童命(わたつみ)
兎我野の「兎」は菟道稚郎子の「菟」と同義で、聖徳太子(豊聡耳命)=台与(豊)のキーワードであるとしてきました。つまりこの太融寺があるあたりは、ウツシコオ・台与の拠点地の一つであった思われるのです。
兎我野は、兎餓野・菟餓野・闘鶏野・刀我野などと表記されていました。
闘鶏野(とがの)~記紀には「鶏(かけ)」をめぐる祭祀・占いの場面が複数あり、
鶏は、夜明け・太陽神・時刻の告知と結びつく象徴的な存在です。
第1019話:事代主と鶏:闘鶏神社では、「鶏」は、スサノオ=ウツシコオ(内色許男命)=難升米と関係があることを述べました
兎我野の語源説の一つに、新羅語で「日の出」を意味する語に由来するというものがあり(綱敷天神社の伝承)、「鶏=夜明け=太陽神」という記紀的象徴体系と整合します。
兎我野が史書に登場するのは、神功皇后摂政前記に、「菟餓野に出でて、祈狩(ウケイガリ)して曰はく、「もし事を成すこと有らば、必ず良き獣を獲む」という」とあり、この兎我野にて狩猟を催した記録があります。これは「ウケイ」という一種の占いを狩猟にあてたもので、「これからいい事あればいい獲物が取れますように」と祈ったものです。
日本書紀によれば、忍熊皇子は、次の皇位が幼い皇子に決まることを恐れ、共謀して筑紫から凱旋する皇后軍を迎撃しようとします。皇子らは仲哀天皇の御陵造営のためと偽って、播磨赤石(兵庫県明石市)に陣地を構築し、倉見別(犬上君の祖)と五十狭茅宿禰*(いさちのすくね、伊佐比宿禰とも)を将軍として東国兵を起こさせます。ところが菟餓野で反乱の成否を占う狩を行った際に、麛坂皇子が猪*に襲われて薨去したため、不吉な前兆に恐れをなした忍熊王は住吉に後退したとあります。
*五十狭茅宿禰がウツシコオであることは、第1187話:廣田神社(大阪市)と 五十狭茅宿禰で書いたばかりです。
*猪=ウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)=馬子というのが私の見解です。~第461話:猪は倭国?? 第626話:大阪と邪馬台国:猪飼野
摂津志には「兎我野、北至天満北野、南至京橋町、平野町之惣名、座摩社記作都下、又名渡辺」と記されている事から、坐摩神社との関係は密接なものであったの事が推測されています。中世には、渡辺党の根拠地の一つと推測されています。
~第831話:頼光四天王(2)~渡辺綱:坐摩神社(いかすり)
太融寺の「融」の元ととなった源融公の子孫の一人が、渡辺綱で、主君の源頼光とともに、酒呑童子、土蜘蛛退治で有名となり、自身も一条戻り橋の鬼(宇治の橋姫)を退治し、その時の太刀である「髭切の太刀:鬼切丸」は現在も京都の北野天満宮に納められています。
中世から近世にかけては兎我野を「床の尾」と呼んでいた頃があったようで、これは淀川水系の沖積化が進んだ事で、兎我野周辺も次第に泥地が埋まりこれが梅田の語源とされています。
明治40年まで兎我野町13番地あたりにには目神八幡(目神社:若宮八幡宮)という聖徳太子創建と伝えられる小さなお社があり、兎我野町に縁のある応神天皇(兎我野の誓約)、仁徳天皇(兎我野の鹿)などを御祭神としてお祀りされていました。
聖徳太子=応神天皇=仁徳天皇は台与です。
第1168話:応神天皇は台与:AIとの対話(16)
第1177話:聖徳太子は台与~AIとの対話(17)
第1182話:仁徳天皇は台与~AIとの対話(18)
太融寺を創建した際に、当時流行していた目の病に源融公が羅患した際、八幡神のお告げで若宮八幡宮に祈願すると、たちどころに平癒し、喜んだ大臣は「目神」と大書して鳥居に掲額させたといわれています。そんな渡辺綱は、この太融寺周辺を拠点に渡辺党を組織し、現在の大川周辺の水運など平安時代には大きな影響を与えました。
京都市山科区にある安祥寺にある梵鐘に「摂州渡辺安曇寺洪鐘一口 嘉元4年(1306年)」と銘があり、ここに見える「渡辺」とは「渡辺津」の事で、現在の大川周辺を指す古い地名である事から、大阪市史や近年の大阪地誌の研究では、野崎町附近が古代の安曇江に相当する地域としています。
上記により太融寺(安曇寺)のあるあたりは、ウツシコオ・台与のと非常に関係の深い場所であったのです。
太融寺は大阪駅、阪急百貨店にも近い場所にあり、北区有数の歓楽街としても繁栄しており、付近には、数多くのラブホテルも建ち並んでいます。
<大阪と邪馬台国>
これまでの記事はこちらです。
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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




以下は、現在表示中のページ内容(兎我野・梅田~大阪の邪馬台国)を、研究者的視点で批判的に評価したレポートです。 あなたの分析スタイル(地名語源・氏族ネットワーク・古代交通・記紀の文脈整合性を重視)に合わせて、構造化して論じます。 参照:
◆総評(結論)
このページは、兎我野(とがの)周辺の地名・伝承・氏族・記紀記事を「台与=豊」「ウツシコオ=難升米」モデルに統合する試みとして興味深いものの、 学術的には以下の点で評価が分かれる内容です。
地名語源の扱いが多義的で、一次史料の文脈検証が不足
氏族系譜(安曇氏・渡辺党)と邪馬台国論を接続する論理が跳躍的
記紀記事の象徴解釈(鶏=太陽神、猪=スサノオ)を体系化しすぎている
「ミマキ国=邪馬台国」前提が強く、他説との比較検討がない
ただし、 兎我野の表記揺れ・祭祀・狩猟記事・渡辺党の活動・安曇氏の痕跡など、地名と氏族の歴史地理的連関を掘り起こす点は非常に価値が高い。 素材の集積力は優れており、研究ノートとしては有用です。
ページでは兎我野を以下の複数の系統で説明しています:
菟餓野・闘鶏野・刀我野などの表記揺れ
新羅語で「日の出」を意味する語源説
記紀の「鶏=夜明け=太陽神」象徴体系との整合
菟道稚郎子の「菟」と聖徳太子(豊聡耳命)との関連付け
神功皇后摂政前記の「菟餓野での祈狩(ウケイガリ)」記事
あなたの研究スタイルから見ると、 語源・表記揺れ・記紀記事・祭祀を一括して扱う姿勢は良いが、語源説の選択が恣意的に見えます。
新羅語起源説は綱敷天神社の伝承に依拠しており、一次史料の裏付けが弱い
「菟=台与のキーワード」という連結は象徴論的で、歴史地理的証拠が不足
「闘鶏野」→鶏→太陽神→台与・ウツシコオという連鎖は、論理の飛躍が大きい
ただし、 兎我野が狩猟・占い(ウケイ)と結びつく場であった点は、古代祭祀地としての性格を示す重要な材料です。
ページでは、 菟餓野での狩猟占い → 麛坂皇子が猪に襲われる → 忍熊皇子が撤退 という記事を、 猪=ウツシコオ=スサノオ=馬子 という象徴体系に組み込んでいます。
記紀の猪襲撃記事は確かに「不吉な前兆」として重要だが、 猪を特定の人物(難升米・馬子)と同一視するのは学術的には支持されない。
記紀の動物象徴は存在するが、人物同定まで踏み込むのは過剰解釈。
ただし、 猪飼野(大阪市生野区)との連関を提示する点は、地名ネットワーク研究として面白い視点です。
ページは兎我野周辺を以下のように位置づけています:
安曇氏(阿曇氏)=海人系氏族の痕跡
太融寺=安曇寺の後身
渡辺綱・渡辺党の拠点
大川水運との結びつき
安曇江(古代の水運拠点)との関連
ここはページの最も強い部分です。
安曇氏の分布(安曇江・安曇寺)と水運ネットワークの接続は、一次史料・考古地理とも整合性が高い
渡辺党の活動(大川水運)は歴史地理的に確実
太融寺周辺が中世以降も交通・商業の要地である点も妥当
ただし、 これらを「台与・ウツシコオの拠点」と断定する根拠は弱い。 氏族史料と邪馬台国論を接続する際は、 「地名・氏族・祭祀の重層性」 を丁寧に分けて扱う必要があります。
あなたの研究テーマ(淀川王権・台与モデル)と近い領域ですが、 このページは以下の点で学術的弱点があります:
他説(九州説・纒向説・河内王権説)との比較がない
ミマキ国の範囲設定が恣意的
「矛盾があれば次の記事で補う」という構造は、検証よりも物語的連続性を優先している
ただし、 淀川水系の古代交通・祭祀ネットワークを邪馬台国論に接続する発想自体は非常に重要で、 あなたの研究とも親和性が高い領域です。
このページの価値は、 兎我野周辺の地名・氏族・祭祀・記紀記事を大量に集積している点にあります。
特に以下は、あなたの研究にとって有用です:
兎我野の表記揺れ(兎餓野・闘鶏野・刀我野)
神功皇后摂政前記の「祈狩(ウケイガリ)」記事
安曇氏の痕跡(安曇寺・安曇江)
渡辺党の活動と大川水運
中世の「床の尾」地名と梅田の語源
目神八幡(若宮八幡宮)の祭祀伝承
これらは、 淀川王権の祭祀ネットワーク再構成 というあなたの研究テーマに直接役立つ素材です。
素材集積力:非常に高い
地名・氏族・祭祀の接続:興味深いが体系化が急
象徴論(鶏・猪・菟):過剰解釈の傾向
邪馬台国論:前提が強く、比較検証が不足
歴史地理(安曇氏・渡辺党・水運):高評価
<これまでウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)であることが判明した人物>
第374話:牛鹿臣はウツシコオ! 第371話:彦狭島命~吉備児島
第372話:建日方別:彦狭嶋命 第369話:神武西征~健磐龍命
第365話:君が代(2):君はウツシコオ 第363話:彦はすべて、ウツシコオ
第324話:武内宿禰はウツシコオ!! 第325話:天之日矛はウツシコオ
第326話:大日彦(オホヒヒ彦)~守口 第327話:于道朱君の衝撃~新羅
第328話:沙至比跪(サチヒコ) 第329話:アメノヒボコはウツシコオ
第330話:投馬国とウツシコオ~丹波(但馬) 第331話:朱智神社~迦邇米雷王
第333話: 牛頭天王(スサノオ)はアメノヒボコ?
第380話:猿田彦は異国人 第401話:犬養氏:スサノオは天手力男神=野見宿禰
第335話: 天道根命は道祖神=ウツシコオ 第334話: 大彦は、五十猛!
第336話:大屋彦~根の国は和歌山 第337話:阿多賀田須命~宗像氏
第338話:月読命(ツクヨミ) 第349話:天児屋命はウツシコオ!!
第357話:武甕槌神(タケミカヅチ)考 第317話:ひょっとこ:火男~天之御影命
第318話:空海のルーツは内色許男命! 第319話:和知津美命はワタツミ!!
第320話:欠史八代はヤマト=三島 第230話:三嶋溝抗命たち(複数)
第231話:神八井耳命は三毛入野 第232話:内色許男命は武埴安彦命!
第274話:八咫烏もウツシコオ 第275話:事代主もウツシコオ?
第279話:開化天皇 第280話:建角身命もウツシコオ
第263話:中臣氏~中臣烏賊津 第256話:ウガヤフキアエズのミコト
第244話:大津神社と建南方富命 第245話:豊御気主命は三毛入野!
第246話:高御産巣日神(高木神) 第247話:今迦毛大御神と天若日子
第249話:物言えぬ皇子~阿遅須枳高日子 第251話:猿田彦は塩土老翁神
第252話:迦毛大御神は崇神天皇! 第253話:キサガイヒメはウツシコオの母!
第354話:伊勢津彦はタケミナカタ =ウツシコオ 第254話:興玉命も内色許男命
第361話:宇都志国玉神と宇都志日金拆命 第394話:天御鳥命(武夷鳥命)は火の鳥
第395話:天日鷲命は、、、
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