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 蘇我氏の真実(4)木羅斤資と昆支王

  • tootake
  • 1月2日
  • 読了時間: 5分

更新日:3 日前

第915話


第913話:蘇我氏の真実(2):蘇我 満智(そがのまち)では、木満致=蘇我 満智がウツシコオある事を書きました。木満致(もくまんち)は百済将軍の木羅斤資(もくらこんし)の子とされています。

第758話:昆支王(こにきし)は、応神天皇(台与)では、昆支王(こんきおう)は台与としました。


それでは、木羅斤資(もくらこんし)と昆支王(こんきおう)の関係はどうなっているのでしょう。私の推論では、木満致は、ウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王で、昆支王は台与です。


結論から言うと、木羅斤資と昆支王に、直接的な血縁関係を示す史料はありません。

しかし、「百済王族とその側近(貴族)という政治的ペアとして行動した可能性」は、近年の研究で強く指摘されています。


1. 史料上の立場

● 昆支王(扶餘昆支)- 百済・蓋鹵王の子(または弟)- 文周王の弟- 東城王・武寧王の父

- 461年に倭へ渡来(日本書紀) 475年の漢城陥落後、百済王族の中枢人物

- 飛鳥戸氏の祖とされる。


● 木羅斤資(木羅氏)- 百済初期の有力貴族 -日本書紀にのみ登場

- 近肖古王の命で倭兵と共に伽耶・馬韓平定に関与

- 木氏(木羅氏)は馬韓の「辰王家門」系とされる(李道学説)

- 文周王と共に南下した木刕満致(木満致)の父とされる

2. 両者が「セット」で登場する可能性

検索結果の中で最も示唆的なのは、国際的視点からの古代史考の記述です。

そこでは、475年の漢城陥落後、文周王は熊津へ南下、王弟・昆支王も同行

木刕満致(木満致)はその後、倭国で蘇我満智として登場

つまり、「百済王族(昆支王)+その側近貴族(木氏)」がセットで倭へ移動した」いう構図が示されています。

🟦血縁関係→ 証拠なし。

木羅氏は馬韓系の辰王家門とされ、扶余系王族とは別系統。

🟩政治的・軍事的関係(強い可能性)→ あり得る。

- 木羅斤資の子・木満致(木刕満致)が文周王と行動

- 昆支王も文周王と行動

- 475年危機における「王族+重臣」の移動パターン

- 倭国での百済系集団の形成に両者が関与した可能性

🟨倭国での関係→ かなり有力。

- 昆支王は飛鳥戸氏の祖- 木満致は蘇我満智と同一視される説

**飛鳥戸氏(王族系)と蘇我氏(陪臣系)が、百済亡命ネットワークの中で結びついていた可能性が浮かび上がるのです。


文献上では、昆支王と木満致の血縁関係は認められないものの、百済王族とその側近貴族という政治的ペアとして、475年の百済危機を経て倭国へ移動した可能性が高いのです。

昆支王(こんきおう)は、日本書紀では、昆伎、昆枝、崑枝、崑支、軍君(こにきし)と表記されています。日本書紀によると、雄略天皇5年(461年)、日本に人質として日本に送られたされています。新撰姓氏録では、飛鳥戸氏の祖とされ、大阪府羽曳野市の飛鳥戸神社に祭神として祀られています。


飛鳥戸神社の祭神は、素戔嗚(スサノオ)です。スサノオはウツシコオです。

ということは、昆支王もウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王になってしまいますが、飛鳥戸神社には、江戸時代までは神宮寺として行基が開基した常林寺があり、聖武天皇の勅願所とされていました。


行基と台与の関係については、このブログで何度も書いてきました。

このブログは、邪馬台国が大阪府枚方市であることを証明するために書き続けています。卑弥呼の後を継いで、邪馬台国の大王(おおきみ)となった台与の後をたどっているうちに行基に出会いました。行基は、天智天皇7年(668年)、河内国大鳥郡(大阪府堺市西区家原寺町)で父・高志才智、母・蜂田古爾比売の長子として生まれました。24歳で戒師の葛城山高宮寺徳光禅師のもとで受戒し、飛鳥寺、次に薬師寺で法相宗を主として教学を学び名を行基と改めます。教えを受けたとされる道昭は、入唐して玄奘の教えを受けたことで有名であり、それとともに井戸を掘り、渡しや港に船を備え、橋を架けて、後の行基の事業への影響を指摘されています。行基も日本各地で治水工事を行っています。初出は観音菩薩と台与(2)~法輪寺


次回に続く→第916話:辰王家(百済)と住吉神・安曇族


これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>





 
 
 

2件のコメント

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tootake
1月02日
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tootake
1月01日
5つ星のうち5と評価されています。

<これまでウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王であることが判明した人物>


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