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珍彦(うずひこ)と道祖神

第273話


神武東征伝説の中で神武天皇を案内した水先案内人は三人います。


日本書紀では椎根津彦(しいねつひこ、)、古事記では槁根津日子(さおねつひこ)

別名は珍彦(うずひこ)そして、もう一人水先人がいます。塩土老翁(シオツチオジ)です。シホツチは「潮つ霊」「潮つ路」で、潮流を司る神、航海の神です。


シオツチノオジは、登場人物に情報を提供し、とるべき行動を示すという重要な役割を持っています。日本書紀の神武東征の記述では、塩筒老翁が東に良い土地があると言ったことから神武天皇は東征を決意したとあります。


そしてもう一人、莵道彦(うじひこ:日本書紀)または宇豆比古(うずひこ:古事記)なる人物がいます。紀国造の一人で父は大名草彦命です。


これらの人物は同一人物です。神武天皇は大和に入るのにわざわざ熊野に遠回りしています。しいつねひこ、うずひこ、しおつちじが水先人として案内したからです。


しおつちじは猿田彦です。塩土老翁神を祀る著名な神社としては、宮城県塩竈市の鹽竈神社が挙げられています。鹽竈神社縁起の中には、「塩釜六所明神或曰猿田彦事勝國勝塩土老翁岐神興玉命太田命六座同体異名神也」とあり、鹽竈神社の別宮に祀られている神(塩釜六所明神)は、猿田彦、事勝國勝、塩土老翁、岐神、興玉命、太田命の6座と同体異名の神であるとされています。この6坐の神はすべて紀ノ國の名草の太田と関連がある人物です。

名草はウガヤフキアエズの命が生まれたところです。徐福がたどり着いたところです。


そしてさらに猿田彦=事勝國勝=塩土老翁=岐神であることから、猿田彦がクナド(岐)の神です。紀伊国美奈倍道祖神」では道祖をサイノカミと読ませています。「さへのかみ(塞の神)」このことにより、道祖神は紀ノ國が発祥でその実態は猿田彦であることが分かります。


元々は、瀬戸内海の水先人であった珍彦は、よほど舟の操作が上手かったのでしょう。

このウズヒコこそウツシコオなのです。

莵道彦(うじひこ:日本書紀)という名前は菟道稚郎子(うじの・わき・いらつこ)を思い出させます。うじひこのウジはウツシコオ(内色許男命)のウツと同じ意味です。


地名「宇治」について、山城国風土記では、北・東・南を山で囲まれて西には巨椋池が広がるという地理的な奥まりを示す「内(うち)」や、宇治を中心とした地方権力によるという政治的な意味での「内」が、「宇治」の由来と考えられています。宇治市史 1(宇治市役所、1973年)


舟の操作が上手かったウツシコオはウズヒコ、サオツネヒコとして伝えられついには道案内・道中安全の神となり道祖神として祭られることになったのです。


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<蛇足の追記>

槁根津日子(さおねつひこ)のさおは舟を操るサオのことですが、槁と書くのはウツシコオが高木神とされているからです。槁は高木です。高木神は天照大神=卑弥呼の補佐官です。

卑弥呼はウツシコメでウツシコオの姉です。卑弥呼は名草トベです。卑弥呼は名草トベ~和歌山市



※このプログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

 今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。 

※これまでの記事はこちらです。



<関連項目>


猿田彦と天宇受売命


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3件のコメント

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
4月04日
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聖徳太子  

和銅5年正月28日ユリウス暦712年3月9日))により、8世紀初めと推定される。

崇神天皇、、

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
3月30日
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