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東夷伝と用明天皇

  • tootake
  • 1月6日
  • 読了時間: 5分

第919話 多利思比孤(タリシヒコ)3


東夷伝(とういでん)は、中国の史書で、中国の東方に住んでいる諸民族について書かれています。新唐書』東夷伝(日本伝)が書かれた年代は、北宋の仁宗・嘉祐6年(西暦1060年) です。


新唐書の東夷伝には、次のように書かれています。


其王姓阿每氏,自言初主號天御中主,至彥瀲,凡三十二世,皆以「尊」爲號,居築紫城。彥瀲子神武立,更以「天皇」爲號,徙治大和州。次曰綏靖,次安寧,次懿德,次孝昭,次天安,次孝靈,次孝元,次開化,次崇神,次垂仁,次景行,次成務,次仲哀。仲哀死,以開化曾孫女神功爲王。次應神,次仁德,次履中,次反正,次允恭,次安康,次雄略,次清寧,次顯宗,次仁賢,次武烈,次繼體,次安閒,次宣化,次欽明。欽明之十一年,直梁承聖元年。次海達。次用明,亦曰目多利思比孤,直隋開皇末,始與中國通。次崇峻。崇峻死,欽明之孫女雄古立。次舒明,次皇極。


阿每は、倭王:アメノタラシヒコです阿毎・多利思比孤で、阿毎は「天」「大海」つまりウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王、台与の一族です。

天御中主は~ウツシコオです。第414話:天御中主神:北斗:妙見

用明,亦曰目多利思比孤~つまりタラシヒコは用明天皇であると書かれています。

用明天皇は、聖徳太子(=台与)の父親です。台与はウツシコオの子ですので、多利思比孤(タラシヒコ)=ウツシコオ、用明天皇=ウツシコオ、聖徳太子=台与で話が合います。


彥瀲は、ウガヤフキアエズ(鵜葺草葺不合命)のことで、このブログでは、ウツシコオの子(あるいは台与)のこととしています。~第256話:ウガヤフキアエズのミコト


神武 綏靖などの天皇の漢風諡号は代々の天皇と共に淡海三船によって名付けられたとされています。奈良時代後期の人物です。新唐書の東夷伝に列記されている天皇の漢風諡号はすべてこの淡海三船によって命名されたものです。そしてこれらの人物はすべてウツシコオもしくは台与であることは、このブログで書いてきました。


隋書には、阿毎多利思比孤(アメノタラシヒコ)の子(太子)として利歌彌多弗利とあります。古来の大和言葉では、原則として「ら行」音は語頭に立たない(万葉仮名では語頭にr音が来ない)ことから、「利」を「和」の誤りとして「利歌彌多弗利」を「和歌彌多弗利」で。また、翰苑には「王長子号和哥彌多弗利。華言太子とあります。利歌彌多弗利は「若」と解されることから、阿毎多利思比孤(アメノタラシヒコ)の太子である利歌彌多弗利は、台与のことです。


アマタリシヒコは遣隋使を通じて「海の西の菩薩天子が仏法を重んじ興すと聞き、よって朝拜し兼ねて僧侶数十名をつかわし仏法を学ばせに来た」といったとされています。アマタリシヒコ大王は百済仏教をおしすすめ、仏教による統治を志向しと隋書には書かれています。


第539話:仏教伝来異聞では、鹿深臣(カフカノオミ)という人物が、日本書紀:敏達天皇の条に登場しています。この人物が、百済から弥勒像を持ち帰ったこと、この鹿深臣がウツシコオであることを書いています。


用明天皇の和風諡号は、日本書紀では橘豊日天皇(たちばなのとよひのすめらみこと)、古事記では橘豊日命(たちばなのとよひのみこと)です。

元興寺伽藍縁起并流記資財帳によれば、用明天皇の池辺皇子(いけのべのみこ)で即位前の名称は、大兄皇子(おおえのみこ)です。


第631話:観音菩薩と台与(4)~明尾寺では、用明天皇は台与としました。

第542話:大枝神社:“たいし”は太子=台与では大兄皇子の大兄は大枝で、大枝は太子=聖徳太子(=台与)であることを述べました。


新唐書の東夷伝では用明天皇は、アメノタラシヒコ=ウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王となりますが、このブログで書いてきたことを総合するとアメノタラシヒコは、台与とウツシコオのコンビということになります。


  さらに続く(予定)


これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>




 
 
 

3件のコメント

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tootake
7日前
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隅田八幡神社人物画像鏡 - Wikipedia

凡河内氏 - Wikipedia

開中費直」の文言を「河内(かわちのあたい)」と解釈する説がある。

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tootake
1月06日
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tootake
1月05日
5つ星のうち5と評価されています。

<これまでウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王であることが判明した人物>


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