八坂神社と朱智神社
- tootake
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第945話
清水寺と同様、八坂神社も京都では有名な観光地です。地元では、祇園さんや八坂さんとも呼ばれています。祇園祭(祇園会)の胴元としても知られており、全国にある素戔嗚(スサノオ)を祭神とする関連神社(約2300社)の総本社であるとされています。
八坂神社の起源については、貞観18年(876年)僧・円如が後に神宮寺となる観慶寺を建立し、ほどなく祇園神が東山の麓の祇園林に降り立ち、垂迹したいう説と、斉明天皇2年(656年)、高句麗の使、伊利之使主(イリシオミ)が来朝したとき新羅国の牛頭山の須佐之雄尊を祭るために建てたという二つ説があります。
第331話:朱智神社~迦邇米雷王では、次のように書きました。
朱智神社は、京都府京田辺市天王高ケ峰にあります。祭神は、迦邇米雷王(かにめいかずちのみこ)です。迦爾米雷王(かにめいかづちのみこ)は息長氏の祖とされています。
桓武天皇の御代に「建速須佐之男命」を相殿に祀って「大宝天王」と号したと言われ、清和天皇の御代には朱智神社の大宝天王(建速須佐之男命)を京都の八坂神社へ勧請し、かつては毎年「榊遷し」の行事が行われていたと伝えられています。なおこの朱智神社のもよりのバス停は天王です。天王とは素戔嗚(スサノオ)のことです。この辺りの地名は天王なので、この辺り一帯は天王=素戔嗚が支配していたと思われます
京田辺市の観光案内には、朱智神社について下記のように書かれています。
仁徳天皇時代(313〜399年)に現在の地より西方の西峰山頂に創建、宣化天皇元(535)年この地に移されたという。延暦12(793)年に大宝天王と朱智天王を同殿に合わせ祀られた。貞観11(869)年、朱智神社の祭神として祀っていた迦爾米雷命(かにめいかづちのみこと)(牛頭天王ごずてんのう)が、祇園の八坂郷感神院(八坂神社の前身)に遷されたことから、八坂神社の元となる神社といわれている。~朱智神社 - ひとやすみできるまち京田辺
祇園祭のとき、朱智神社の氏子が奉じた榊を天王区の若者が八坂神社まで届ける「榊遷」という貞観時代から続いた行事があり、現在では、行われていませんが、その榊を受けて山鉾巡行を始めたと言い伝えられています。
つまり、八坂神社は、京田辺の「天王」から、京都市へ移動したのです。
京田辺市は、ウツシコオの拠点地でウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)=難升米の名前の由来になった内里(京都府八幡市内里の近くです。考古学者の上垣内憲一先生はこの内色許男命の出身地について内里であるとされています。
出自不明の習合神「牛頭天王」は、祇園精舎の守護神とされています。
牛頭天王(ごずてんのう)は日本独特の神仏習合の神で、釈迦の生誕地に因む祇園精舎の守護神とされ、蘇民将来説話の武塔天神と同一視され薬師如来の垂迹であるとともにスサノオの本地ともされています。陰陽道では天道神と同一視され、道教的色彩の強い神だが、中国の文献には見られず日本独特の神です。
つまり牛頭天王は、仏の守護神=台与の守護神=八咫烏=猿田彦=ウツシコオです。
牛頭天王の牛頭からは、頭に角が生えた人=ツヌガアラシヒト=アメノヒボコで角はウツシコオのキーワードです。~第388話:スサノオのキーワードは角と竹と、、
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<蛇足の追記>
清水寺は八坂神社と同じ東山の山麓にあります。
坂上田村麻呂は観音像を祀るために自邸を本堂として寄進とされています。つまり清水寺のあった場所は、坂上田村麻呂の住居があったということです。
坂上田村麻呂=ウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)ではないのでしょうか。
第941話:坂上田村麻呂と金
では、黄金を発見したのは百済王:敬福と坂上田村麻呂の関係について書きました。
百済王:敬福はウツシコオ=牛頭天王です。
これまでの記事はこちらです。
※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




稲田宮主須賀之八耳神 – 國學院大學 古典文化学事業
明治時代の神仏判然令以前は、主祭神は以下の3柱であった[2]。
中の座:牛頭天王 (ごずてんのう)
東の座:八王子 (はちおうじ)
西の座:頗梨采女 (はりさいにょ・ばりうねめ)
牛頭天王は起源不詳の習合神で祇園精舎を守護するとされ、日本では素戔嗚尊と同神とされていた。頗梨采女は牛頭天王の后神であることから素戔嗚の后である櫛稲田姫命と同一視された。櫛稲田姫命は方角の吉方(恵方)を司る歳徳神(としとくしん)と同一と見なされていたこともあり暦神としても信仰された。八王子は牛頭天王の8人の王子であり、暦神の八将神に比定された[3][4][リンク切れ]。
また、東御座には社伝に明確な記述が無い蛇毒気神(だどくけのかみ)が祭られている。この神は沙渇羅(さから)龍王の娘で今御前(第二婦人のこと)と呼ばれる[5]。または、ヤマタノヲロチが変化したものとも考えられている。
<これまでウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)であることが判明した人物>
第374話:牛鹿臣はウツシコオ! 第371話:彦狭島命~吉備児島
第372話:建日方別:彦狭嶋命 第369話:神武西征~健磐龍命
第365話:君が代(2):君はウツシコオ 第363話:彦はすべて、ウツシコオ
第324話:武内宿禰はウツシコオ!! 第325話:天之日矛はウツシコオ
第326話:大日彦(オホヒヒ彦)~守口 第327話:于道朱君の衝撃~新羅
第328話:沙至比跪(サチヒコ) 第329話:アメノヒボコはウツシコオ
第330話:投馬国とウツシコオ~丹波(但馬) 第331話:朱智神社~迦邇米雷王
第333話: 牛頭天王(スサノオ)はアメノヒボコ?
第380話:猿田彦は異国人 第401話:犬養氏:スサノオは天手力男神=野見宿禰
第335話: 天道根命は道祖神=ウツシコオ 第334話: 大彦は、五十猛!
第336話:大屋彦~根の国は和歌山 第337話:阿多賀田須命~宗像氏
第338話:月読命(ツクヨミ) 第349話:天児屋命はウツシコオ!!
第357話:武甕槌神(タケミカヅチ)考 第317話:ひょっとこ:火男~天之御影命
第318話:空海のルーツは内色許男命! 第319話:和知津美命はワタツミ!!
第320話:欠史八代はヤマト=三島 第230話:三嶋溝抗命たち(複数)
第231話:神八井耳命は三毛入野 第232話:内色許男命は武埴安彦命!
第274話:八咫烏もウツシコオ 第275話:事代主もウツシコオ?
第279話:開化天皇 第280話:建角身命もウツシコオ
第263話:中臣氏~中臣烏賊津 第256話:ウガヤフキアエズのミコト
第244話:大津神社と建南方富命 第245話:豊御気主命は三毛入野!
第246話:高御産巣日神(高木神) 第247話:今迦毛大御神と天若日子
第249話:物言えぬ皇子~阿遅須枳高日子 第251話:猿田彦は塩土老翁神
第252話:迦毛大御神は崇神天皇! 第253話:キサガイヒメはウツシコオの母!
第354話:伊勢津彦はタケミナカタ =ウツシコオ 第254話:興玉命も内色許男命
第361話:宇都志国玉神と宇都志日金拆命 第394話:天御鳥命(武夷鳥命)は火の鳥
第395話:天日鷲命は、、、 第397話:獲加多支鹵大王(ワカタケル) =雄略天皇
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