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大彦暗殺計画

更新日:3月11日

第237話


大和朝廷(邪馬台国)は、伊弉諾・伊弉冉が基礎を築き、素戔嗚、饒速日が継承、発展させてきました。

長脛彦(三毛入野)は、岡山、山口、九州(高千穂)あたりを支配していた一族で、大阪府の南部から和歌山県にまで進出してきて、饒速日、高倉下(タカクラジ:大彦)と遭遇し、同盟しました。


長脛彦は、自分の妹の三炊屋媛を饒速日の妻とし、大和朝廷の一員となりました。長脛彦の一族は、舟を操るのが得意で大和朝廷では主に水運を司っていました。水運に長けていたから、饒速日の方から誘われて同盟したのかもしれません。カモ族、三島の溝杭と呼ばれたのは、長脛彦の一族です。


長脛彦の一族は、高槻の安満遺跡と東奈良遺跡の中間地点である摂津富田に屋敷を持っており、饒速日は枚方市の都ヶ丘に卑弥呼と共に住んでいました。摂津富田~登美の里

卑弥呼は三炊屋媛(注:下記)と思われます。


饒速日と長脛彦の二大巨頭の下で邪馬台国(大和朝廷)はうまくいっていました、饒速日が死ぬまでは、、、

饒速日が生きている間は、長脛彦と饒速日の勢力は均衡してしていたのですが、饒速日が死ぬと邪馬台国を自分の物にしようとする動きが出てきました。饒速日の子であるタカクラジ(大彦=大国主)が狙われたのです。饒速日は孝元天皇で大彦は孝元天皇の子です。


古事記の八十神の迫害から引用

大穴牟遅神(オオナムヂ、後の大国主)の兄神たちである八十神(ヤソガミ)は八十神はオオナムヂを恨み、殺すことにした。オオナムヂを伯岐国の手前の山麓につれて来て、八十神は猪に似た大石を火で焼いて転がし落とし、それを捕えようとしたオオナムヂは石の火に焼かれて死んでしまった。

オオナムヂの母親の刺国若比売(サシクニワカヒメ)は息子の死を悲しんで高天原に上り、神産巣日神(カミムスビ)に救いを求めた。カミムスビが遣わしたキサガイヒメ(貝比売)とウムギヒメ(蛤貝比売)の治療によりオオナムヂは生き返った。

オオナムヂの復活を知った八十神は、再度殺害を試みた。大木を切り倒して楔で割れ目を作り、そのなかにオオナムヂを入らせ、楔を引き抜いて打ち殺してしまった。母親は泣きながらオオナムヂを探して大木をみつけ、すぐに木を裂いて取り出して生き返らせた。


大穴牟遅神(オオナムヂ)とは大穴持オオアナモチ、穴は鉱山のことです。大穴持=大国主、すなわち大彦です。大彦は各地に鉱山をもっていました。丹・朱を求めた天皇たち


大彦側も反撃を開始します。それがカモ一族であるクガミミ殺害です。

一気に長脛彦と大彦と大彦は戦闘状態となってしまいました。それがタケハニヤスの乱の乱です。


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<注>

これまでこのプログでは、卑弥呼はウツシコオの姉のウツシコメとしてきました。

ウツシコオ=長脛彦です。そして三炊屋媛は長脛彦の妹です。姉を妹とするだけでこの問題は解決します。卑弥呼は萬幡豊秋津師比売  卑弥呼は名草トベ~和歌山市



※これまでの記事はこちらです。

※このプログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。




      饒速日


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