top of page
  • tootake

五十鈴姫は高照姫命??

更新日:2月5日

第215話~櫛玉姫命は玉櫛姫!


前号でも触れた葛木御歳神社の祭神は、御歳神(みとしのかみ)です。

相殿に大年神(おおとしのかみ=須佐之男命の御子神)と高照姫命(たかてるひめのみこと)が大国主命の御子神として祭られています。

岐阜県吉城にある一之宮神社、岐阜県武儀郡にある水無神社では、高照姫・大歳命が親子として祭られています。このことを根拠に高照姫は御歳であるとされているのは「消された大王ニギハヤヒの謎の著者」神一行氏です。p131

となると高照姫は大国主の子ではなく、大年神(大歳命)の子となってしまいます。

大歳は饒速日で、御歳神は五十鈴姫(神武天皇妃)であることはすでに述べました。

比売命(高照姫)は、阿遅鉏日子根神(アジスキタカヒコネ)の妹で「高日子根」に対する名とされています。私は「」は交野市の津(郡津)に由来するとい思っています。ここには、大彦(大国主)一族が住んでいたと思われます。大彦は倉下(タカクラジ)で倉治は交野市郡津です。ウマシマジはオトクラジ(弟倉下)です。高照姫もこの交野市高津(郡津)で生まれ育ったと思われます。高津姫 ~岩船街道 (hidemaru3375.com)

高比売命 – 國學院大學 古典文化学事業 (kokugakuin.ac.jp)では、「また、阿遅鉏高日子根神は迦毛大御神でもあり、葛城の土地神(鴨の神)の妹となる。そのため、「高日子根」に対する高比売の名は葛城の鴨の神に近い名とされる。なお、阿遅鉏高日子根神が大国主神の子として神統譜に取り込まれた過程で、妹の高比売命も同様に大国主神の娘としての位置づけられたのではないかともいわれている。」と書かれています。


私としては、高照姫が五十鈴姫ではなくても一向(一行)に構いません。

古事記によると御年神(みとしのかみ)を生んだのは香用比売(かぐよひめ)とされています。香用比売の名は、「光り輝くような美しい女性」と云う意味です。一方で神武天皇の后の五十鈴姫の母は玉櫛姫です。


このプログでは、ウマシマジと五十鈴姫が大和朝廷の国譲りに大いに関係していることから、香用比売は三炊屋媛かもしれません。長脛彦の妹の三炊屋媛の本名は櫛玉姫命です。櫛玉姫命=玉櫛姫とすればスッキリします。ウマシマジと五十鈴姫は本当の兄弟ということになります。


御歳神を祭る神社はいくつかあるのですが、五十鈴姫(ホトタタライスケヨリヒメ)を祭る神社はありません。奈良県の大神神社の境外摂社の率川坐大神御子神社では五十鈴姫が祭られています。この神社は、推古天皇が593年に建てたもので、女性天皇としての立場を高めるために後付けで作った神社です。記紀の記載通り玉櫛姫が母神として祭られています。


 続く



※このプログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

 今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。 

※これまでの記事はこちらです。




閲覧数:62回1件のコメント

最新記事

すべて表示
bottom of page