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開化天皇~クガミミ暗殺計画

更新日:5月23日

第56話


天忍穗耳尊(あめのおしほみみのみこと、天忍穗耳命)は、開化天皇と思われます。

記紀では、高皇産霊神の娘である栲幡千千姫命との間に瓊瓊杵尊をもうけたと書かれています。高皇産霊神(タカミムスビ=ウツシコオ)で栲幡千千姫命は(この場合はイカガシコメ)です。瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)がミ・マキ入彦・イニエ(崇神天皇)です。


京都府亀岡市曽我部町穴太宮垣内に小幡神社があります。そこは全国で唯一開化天皇を祀る神社です。穴太(あのう)は鉱山のことで亀岡の行者山からは錫(スズ)が出るのです。錫は青銅を作るのに必要な鉱物です。ここの錫が茨木市の東奈良遺跡に運ばれ、銅剣や銅鐸・銅鏡が作られたのです。


錫の輸送には、保津川を下り嵐山、桂川、山代川(淀川)を経て、三島の溝杭(茨木市穂積)に運ばれました。


亀岡・保津川の重要性がこれでわかると思います。亀岡の出雲大神宮に祀られている三穂津姫尊(みほつひめのみこと)も高産霊尊(ウツシコオ)の子です。ウツシコオも穂積臣の祖とされています。三穂津姫は、ミ・保津姫で三保とか美穂とかは関係ありません。三保の松原も美保関も勘違いの地名です。


しかしこのルートの途中に邪魔ものがいました。クガミミです。


京都市 桂川緑地久我(クガ)橋東詰公園辺りが、クガミミの拠点であったと思われます。ここは、桂川、賀茂川、宇治川が流がれ、山代川と木津川交わる大山崎の淀津とともに古代の高速道路のジャンクションでした。クガミミは桂川の利権を持っていました。


開化天皇は、桂川を通るたびに、なにがしかの代金を払わされていたと思われます。そしてそのことを不快に思っていた開化天皇のはクガミミを暗殺しようと思いつきました。開化天皇は、王子の一人、日子坐王(ヒコニイマス・オオキミ)にクガミミを殺させたと日本書紀は書いています。この事件は、タケハニヤスの乱につながって行きます。


上垣内先生は茨木市にある紫金山古墳が開化天皇の陵墓だとされておられます。

紫金山古墳の副葬品の鏡には棺内からは漢鏡の方格規矩四神鏡と棺の外から三角縁神獣鏡・仿製(日本での模作)三角縁神獣鏡、の3種類がそろいっています。 筒型銅器は最も古い形式のもの、貝輪3点は他に見ないもの。玉には管玉・棗玉・勾玉があり、棗玉・勾玉に使用された翡翠は新潟県糸魚川産のものと思われます。武器類も豊富で、石槨内外から73点の刀剣、石槨内から165点の鉄鏃が出土。堅矧板革綴短甲と籠手の武具が特に注目されています。


どうやら開化天皇は、ウツシコオの陰謀を知っていて快く思っていなかったようです。

正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(オシホホミミ=開化天皇)自身は即位したくなかったのかもしれません。”葦原中国は大変騒がしく”とあるのは、国譲りの件を開化天皇が気にしていた、つまり卑怯な手で即位したのは気が重いといったようなことではないでしょうか。


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<補足>

クガ耳の暗殺事件は記紀では、崇神朝の事件ですが、タケハニヤスの乱と同様に孝元朝も事件だと思います。開化天皇は、騒乱を好まない穏健な人物というイメージを持っています。

これの事件はウツシコオの陰謀ではなく大彦がたくらんだ可能性があります。



このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 

※これまでの記事はこちらです。


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