top of page
  • tootake

賀夜奈流美(かやなるみ)

更新日:2023年11月15日

第150話


卑弥呼の候補として「かやなるみ」なる人物の名前が挙げられていましたので調べて見ました。


賀夜奈流美/加夜奈留美/賀屋鳴比女(カヤナルミ)とは、延喜式「祝詞式」にある出雲国造神賀詞に登場する神様です。神賀詞では賀夜奈流美命と表記され、飛鳥坐神社・加夜奈留美命神社では加夜奈留美命と表記されてい女神です。


古事記、日本書紀に登場せず、その出自、名義、伝説についてはいずれも不明です。

出雲国造神賀詞には「賀夜奈流美命乃御魂乎飛鳥乃神奈備尓坐天皇孫命能近守神登貢置天」と記述されており、「大物主櫛瓶玉命」「阿遅須伎高孫根乃命」「事代主」とともに皇室を守護する神として述べられています。


奈良県高市郡明日香村大字栢森字堂ノ上にある 加夜奈留美命神社の御祭神は加夜奈留美命で高津姫神とされています。先代旧事本紀に、大己貴神(大国主=大彦)が高津姫を娶って一男一女を生み、子の「都味歯八重事代主神=高日子根:アジスキタカヒコネ」は倭国高市郡の「高市社」に、また「甘南備飛鳥社」に鎮座していること、そしてその妹の「高照光姫大神命」は倭国葛木郡の「御歳神社」に鎮座していると記されています。

このことからカヤナルミはコトシロヌシの妹である高照姫(タカテルヒメ)と同一であるとする説があり、カヤナルミは概ねコトシロヌシの妹神であるとされています。

ということは、カヤナルミも交野市郡津(こうず)にいたと思われます。高津姫 ~岩船街道


加夜奈留美命神社の所在地は不明でしたが、石上神宮の宮司であった富岡鐵斎が 明治11年に県に書類と資金を提出し、復興しました。どうでもよい話ですが、私は富岡鐵斎のお孫さんと枚方市の禁野にある病院で一緒に働いていました。富岡先生は小児科で私は薬剤師で一緒に当直もしてました。


以前(第140話)すでに触れていますが「出雲国造神賀詞」には、「大穴持の和魂を大物主櫛甕玉(くしみかたま)、と称して大御和(三輪)に阿遅須伎高孫根(高日子根:タカヒコネ)を葛木の鴨の神に、事代主をうなてに賀夜奈流美(かやなるみ)命の御魂を飛鳥の神なびに坐せて、、、」をとあります。


奈良県橿原市に雲梯(うてな)〒634-0834とい地名があります。


出雲国風土記によれば、阿遅須枳高日子命が幼い時が昼となく夜となく、ひどくお泣きになった。そこでそこに高床の建物を造って、御子をおすえした。そして高い”はしご”を建てて登り降りさせて養育申し上げた。とあります。うてなとは梯子(はしご)のことです。


※これまでの記事はこちらです。

※このプログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。


加夜奈留美命神社




閲覧数:62回1件のコメント

最新記事

すべて表示

1 Comment

Rated 0 out of 5 stars.
No ratings yet

Add a rating
tootake
Nov 13, 2023
Rated 5 out of 5 stars.
Like
bottom of page