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饒速日は稲作の神

  • tootake
  • 2024年2月6日
  • 読了時間: 3分

第221話


三輪山周辺にある他田坐天照御魂神社(おさだにますあまてるみたまじんじゃ)は、奈良県桜井市にある神社で、祭神は饒速日です。この地は第30代敏達天皇の訳語田幸玉宮(おさださちたまのみや)の伝承地とされています。


この他田坐天照御魂神社は「日読み」の神社です。石見の鏡造り神社である石見と他田を結ぶと、その線は三輪山山頂にいたり、その頂上から朝日を、石見からは冬至、他田からは立春・立冬に見ることができます。その拝礼地となっているのが当社近くのの石塚古墳です。考古学者の森浩一氏は、この古墳を「冬至・夏至」の祭祀を行った祭壇があった円丘ではないかとみておられます。つまり、ここから三輪山と太陽の位置関係を巨大な自然のカレンダーとして観測できる地なのです。


そしてその観測者を日祀部というのですが、敏達天皇がわざわざこの地に遷都した理由は「日読み」だと思われます。

第23話で述べた茨木市にある新屋坐天照御魂神社は福井神社とも呼ばれ饒速日が天下った場所とされています。以下は古代史研究家の大和岩男氏の説を引用です。


福井(茨木市)の天照御魂神社は、三島の重要な神社で太陽祭祀に関わっており、この神社を通る南北線に対してそれぞれ東方へ30度・45度・60度の位置にある天岩門別神社は30度、溝杭神社(茨木神社内)は45度、西川原にある天照御魂神社は60度です。

饒速日を祀る天照神社はまさに太陽信仰の祭祀場だったのです。<引用ここまで>


太陽観測「日読み」の技術がなぜ重要かというと稲作です。日本では古くから重要な食糧作物であり、稲は太陽の光を利用して成長します。稲作において太陽の高度や日照時間は重要な要素です。饒速日を祀る物部一族はこの日読みの技術を持っていたのです。

敏達天皇はこの茨木市の新屋坐天照御魂神社が太陽信仰の祭祀場のことを知っていたのでしょう。三島の地が疫病(コロナ)の大流行により放棄されてしまい代わりの三輪山周辺にある他田坐天照御魂神社に同じような太陽観測の場を作ったと思われます。邪馬台国で疫病発生 (hidemaru3375.com)


京都の伏見稲荷大社の主祭神は、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ:倉稲魂命)です。

宇迦之御魂神は大歳(おおとし)の妹です。大歳は饒速日のことです。

稲荷大社のキツネは稲の穂を咥えています。宇迦之御魂大神の他に保食神(うけもちのかみ)、御食津神(みけつのかみ)などが御祭神としておまつりされることもあります。いずれの神様も「うか」「うけ」「け」という、食べ物を意味する名前を持つ神様です。

宇迦の御霊とは稲の精霊という意味だそうです。

        {参考文献}神一行著「消された大王ニギハヤヒの謎」p159~160


<関連項目>


※このプログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

 今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。 

※これまでの記事はこちらです。





 
 
 
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