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下照姫~雲梯町

更新日:3月4日

第248話


前号で書いた天若日子は下照姫と結婚していました。

高皇産巣日神(高木神)は、「天若日子に邪心があるならばこの矢に当たるように」と誓約をして矢を下界に落とします。すると、その矢は寝所で寝ていた天若日子の胸に刺さり、彼は死んでしまいました。天若日子が返し矢によって死んだとき、その死を嘆く下照姫の泣き声が高天原まで届いたと言います。


下照姫は、アジスキタカヒコ(高日子根)と同腹の妹神です。このプログではすでに阿加流比売神は下照姫 賀夜奈流美(かやなるみ) として登場しています。


出雲国造神賀詞という祝詞(のりと)があります。その祝詞の中に、次のような文言があります。

「大穴持命が申すには、皇孫が鎮座するこの国を大倭国といい、自分の和魂を八咫鏡に依りつけて倭大物主櫛厳玉命という名を称して大三輪の神奈備に祀り我が子の阿遅須伎高孫根命の魂を葛城の鴨の神奈備に祀り事代主命の魂を宇奈提(うなて)に祀り賀夜奈流美命の魂を飛鳥の神奈備に祀って皇孫の守護神といたしましょうと申して、杵築宮(出雲大社)に鎮まりました。」


大穴持命=大国主命、皇孫=崇神天皇、倭大物主櫛厳玉命=長脛彦、阿遅須伎高孫根命=高日子根(下照姫の兄)、賀夜奈流美命=下照姫


宇奈提は現在は雲梯町(うなて)で奈良県橿原市雲梯町には高市御縣坐鴨事代主神社:河俣神社があります。つまりこの神社では高日子根と下照姫(高照姫)の兄妹を祭っていることになります。しかも兄(高日子根)は、妹の夫を殺しています。


上記の祝詞では最後に杵築宮(出雲大社)が登場していますが、これらの出来事は出雲とは関係ありません。高日子根も下照姫(高照姫)の兄妹は大阪府交野市の高津(こうず:郡津)で生まれ育っています。高津姫 ~岩船街道


この話が出雲での出来事ならなぜ奈良県の雲梯町に二人を祭るのでしょうか。

出雲国風土記によれば、高日子根は幼い時、その泣き叫ぶ声が非常に大きかったので、静かになるまで船に乗せて八十島(日本)を巡ったり、高屋を作って梯子をかけそれを上り下りさせたりした。と書いてあります。雲梯町(うなて)は雲の梯子つまり高日子根をあやす為に奈良県橿原市に祭ったのです。


高市御縣坐鴨事代主神社の「河俣神社」という別名も意味深長です。河俣姫は綏靖天皇の后です。綏靖天皇も大彦です。大彦は、綏靖天皇


<補足>

赤城毅彦著「邪馬台国発見史」P148~150より抜粋

事代主を祀った神社は出雲には一つもない。他の出雲系の神々も出雲との結びつきは少ない。出雲系の神々の始祖スサノオ信仰の中心が紀伊国(和歌山県)にあり、須佐神社もある。大和国には、出雲系とみられる石上神社、大神神社もある。これらを考え合わせると、出雲文化圏の中心地は大和国から紀伊国にかけての地方であったと推測することができる。大国主が支配したのは、出雲国ではなく近畿であったと考えられる。

た、出雲系の神々は四国、中国、近畿、中部地方と広範囲に分布している。

事代主は、三島の溝杭と関係がある。

津田右京氏の説では、出雲国の文化圏が大和(三島)にあり、戦いに敗れて出雲国に対比したのではないか? (三島)は私の挿入

                    引用終わり


※このプログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

 今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。ミマキ国は、茨木、高槻、枚方、交野です。 

※これまでの記事はこちらです。







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