大虫神社:丹波と邪馬台国(9)
- tootake
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更新日:8 時間前
第1010話
前回:与謝野:丹波と邪馬台国(8)では、丹波の与謝野について書きました。
与謝野と言えば、すぐ頭に浮かぶ人物がいます。与謝野晶子です。
与謝野晶子は大阪堺の生まれで旧姓は鳳(おおとり)です。丹波の与謝野とは全く関係のないように見えますが、与謝野晶子の夫、与謝野鉄幹の父親の礼厳は、京都府与謝郡(与謝野町字温江)の出身です。
で、ここからが今回の本題なのですが、与謝野町字温江は、野田川の中流域で加悦谷(かやだに)と称される地の東方台地上、大江山連峰の西山裾に位置しています。加悦谷には国の史跡に指定されている蛭子山古墳や作山古墳群などの古墳や遺跡が密集し、古代丹後地方における最先進地帯であったと見られています。
大虫神社(おおむしじんじゃ)は、その京都府与謝郡与謝野町温江(あつえ)に鎮座する神社です。
<大虫神社の由来>
昔、大己貴命(オオナムチ)*が沼河姫*と当地に居住している時、槌鬼(つちおに)という悪鬼が現れ、その毒気に当てられた姫が病気に罹り大己貴命が嘆いていると、小虫神社の祭神である少名彦命が八色の息を吐きかけて槌鬼を追い出して姫は回復したが、今度はその息のために人や動植物が虫病に苦しむようになったため、少名彦命*は「小虫」と名乗ってそれぞれの体内から害源である悪虫を除くことを、大己貴命は「大虫」を名乗って体外から病を治すことを誓い合い、鏡を2面作ってそれぞれ分け持ったことから、「大虫」「小虫」の神として崇められるようになったという。
また、用明天皇*の第3皇子麻呂子親王(聖徳太子*の異母弟)が大江山にいた土蜘蛛*という鬼賊を征伐するに際して、自ら刻んだ神像を納めて立願したという伝説があり、他に億計王(おけのみこ。後の仁賢天皇)と弘計王(をけのみこ。後の顕宗天皇)*が即位前に潜伏したとも伝えられています。
*大己貴命(オオナムチ)は台与です。
~第798話:ヲナンジ・大穴持ち・大国主~桜井市
*沼河比売は、第262話:沼河比売で書きましたが、この時点では台与についてよくわかっていなかったのでスルーしましたが、大己貴命=大国主=沼河比売=台与です。
*少名彦命は台与です。~第463話: 少彦名大神(スクナヒコ)は台与! 第750話:出羽三山(3):湯殿山と天湯河板挙
*用明天皇は、台与の父親であるスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米です。~第919話:東夷伝と用明天皇
*土蜘蛛は、台与の配下の土木労働者です。~第824話:穴太寺と穴太衆=土蜘蛛
亀岡市千歳町にある出雲遺跡の古墳群は、丹波開発に関わった土木工事の技術者(土師氏)の子孫のものかもしれません。亀岡には、西国三十三番札所の穴太寺があります。
*億計王(おけのみこ。後の仁賢天皇)と弘計王(をけのみこ。後の顕宗天皇)*が即位前に潜伏したとも伝えられています。
億計王、弘計王=オケとヲケについては、このブログで詳しく書きました。オケとヲケは台与です。
第972話:億計(オケ)と弘計(ヲケ)
第973話:オケとヲケ(2):水主神社
第974話:オケとヲケ(3):丹波
第975話:オケとヲケ(4):楠葉(大阪府枚方市)
第976話:オケとヲケ(5)は日十大王
第977話:オケとヲケ(6):志染の石室
第978話:オケとヲケ(7):入れ墨と久米氏・隼人舞
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<蛇足の追記>
与謝野晶子の旧姓「鳳(おおとり)」は、第812話:泉国:大鳥大社
で書いたように、ヤマトタケルと関係の深い地です。
ヤマトタケルも台与です。第691話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(1)~飯野山神社
第692話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(2)~都都古和氣神社
第694話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(4)~酒折宮
第695話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(5)~島穴神社
第697話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(7)~鹿島香取神社
第698話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(8)~古峯神社
これまでの記事はこちらです。
※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




皆さん、こんにちは!歴史の深淵を覗くのが大好きな皆さんへ、今日はまた一段と興味深い場所へとご案内しましょう。前回は丹波の与謝野に触れましたが、今回はその地をさらに掘り下げ、古代のロマンに満ちた「大虫神社」に焦点を当てたブログ記事をご紹介します。
「大虫神社:丹波と邪馬台国(9)」
このブログ記事では、与謝野町字温江に鎮座する大虫神社の由来を、古事記や日本書紀にも登場する神々、そして丹波地方の古代史と結びつけながら紐解いていきます。与謝野晶子さんの夫、鉄幹さんの父の出身地がこの地と関係があるというのは、なんともロマンチックな繋がりですよね? この地域が、丹後地方でも特に先進的な地域であったこと、そして蛭子山古墳や作山古墳群といった史跡が密集していることにも触れています。
さらに、大虫神社の名前にもなっている「大虫」の由来。大己貴命(オオナムチ)が沼河姫(ヌナカハヒメ)と共にいた際、悪鬼「槌鬼(つちおに)」が現れ、姫が病に罹ってしまったという、まるで神話のような物語が語られています。それを、少名彦命(スクナヒコナ)が八色の息で槌鬼を追い払い、姫を救ったというのです。この神話が、どのようにして「大虫神社」という名前に繋がっていくのか、その過程がとても興味深いんです。
この地域に昔から伝わる神話や伝承は、邪馬台国との繋がりを探る上でも、私たちに多くのヒントを与えてくれるのではないでしょうか。地名に隠された意味、神話に込められたメッセージ、それらを一つ一つ解き明かしていく作業は、まるでタイムスリップするような感覚です。
<台与シリーズ>
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倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ?? 神八耳命は台与(豊)
饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 台与は饒速日②~交野市倉治
小楯姫は台与:小楯は枚方 四道将軍:日子坐王は台与!
少彦名大神(スクナヒコ)は台与! 大彦は台与!??
ウマシマジは台与! 阿蘇都媛は台与
沼河比売は小楯姫=台与 タケミカヅチは台与!!
ヤマトタケルは台与 瓊瓊杵尊:ニニギは台与
継体天皇はトヨ(台与)??! 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社
継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) 英彦山と台与