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オケとヲケ(6):志染の石室

  • tootake
  • 3月5日
  • 読了時間: 7分

更新日:3月8日

志染の石室に隠れた?オケとヲケの物語、その真実とは - 古代史の謎に迫る


歴史の不思議って、なんだかワクワクしますよね!今回は、私が以前から気になっていた、兵庫県三木市にある「志染(しじみ)の石室」の伝説について、ちょっと深掘りしてみようと思います。この石室、ただの古い場所じゃないんです。昔々、皇位継承争いに巻き込まれた皇子たちが、身を隠したと言われている、まさに歴史のドラマが詰まった場所なんですよ。


播磨国風土記によると、雄略天皇の時代、皇位継承争いで命を落とされた市辺押磐皇子の二人の王子、袁奚(ヲケ)と意奚(オケ)が、この志染の石室に隠れ住んだとされています。日本書紀では「縮見山石室」と書かれていて、中にある湧き水は、光る藻が生えていて、水面が金色に輝くことから「窟屋(いわや)の金水」と呼ばれていたそうなんです。想像するだけで、神秘的でしょ?

彼らは「丹波小子(わらわ)」と名乗り、吾田彦(あだひこ)と一緒に、この地の有力者である「縮見屯倉首(しじみのみやけおびと)」に仕え、牛馬の世話をしていたとも伝えられています。まるで時代劇のような物語ですよね。


でも、ちょっと待ってください。この伝説を冷静に読み解くと、ちょっと面白い事実が見えてくるんです。実は、この「志染の石室」のお話、オケとヲケが本当にそこに隠れていたというよりは、もともと有名だったこの場所の伝説に、皇子たちの物語を「当てはめた」可能性が高い、と書かれているんです。


なんだか、歴史の謎解きのようで、さらに興味をそそられませんか? 古代の人々が、どのように物語を語り継ぎ、場所と結びつけていったのか。そして、その伝説が現代の私たちに何を伝えているのか。こうした視点から歴史を眺めると、もっと深く、面白く感じられるんですよね。


なぜ、この「志染の石室」の伝説が、古代史愛好家にとって興味深いのか?

このブログ記事では、単に伝説を紹介するだけでなく、その背景にある歴史的な出来事や、伝説がどのように形成されていったのかという、より深い洞察を提供しています。私自身、こうした史実の裏側や、語り継がれる物語の成り立ちを探るのは大好きなんです。邪馬台国や初期の天皇制に関心のある方なら、きっとこの視点に共感いただけるはず。歴史の断片をつなぎ合わせ、そこに隠された真実の糸口を見つけるような、そんな知的な探求心をくすぐられる内容だと思いますよ。

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第977話


志染の石室(しじみのいわむろ)は、兵庫県三木市志染町にあります。播磨国風土記:美嚢郡志深里(しじみのさと)条によると、皇位継承争いで雄略天皇派に殺された市辺押磐皇子の二人の王子、代顕宗天皇となる袁奚(ヲケ)と仁賢天皇になる意奚(オケ)の兄弟は志深(志染)の石室に隠れ住んだとされています。


日本書紀では「縮見山石室」と表記され、ひかり藻が生息する石室の湧水は水面が金色に輝くことから「窟屋の金水」と呼ばれています。


オケとヲケは、玖須婆(くすば:大阪府枚方市楠葉)の河を逃げ渡りて、針間(はりま)の國に至り、其の國人、名は志自牟(しじむ)の家に入りて、身を隠したまひて、二人は名を改め丹波小子(わらわ)と称し吾田彦と共に縮見屯倉首(しじみのみやけおびと:兵庫県三木市志染町)に仕え、牛馬の飼育に携わったとされています。


この志染の石室の伝説を冷静に解釈すると、オケとヲケは兵庫県三木市志染町には行っていなかったことが分かります。志染の石室は、古代から人々に知られていた名所です。

志染の石室(窟屋の金水)は、オケとヲケの逸話を創作するにの利用されただけです。


これまで、書いてきたようにオケとヲケは台与です。オケとヲケの二人(=台与)が行った場所は、兵庫県の太子町です。


大阪府枚方市と兵庫県の太子町の関係については、すでに述べています。この斑鳩寺(兵庫県太子町)の北に平方(ひらかた)という村があり、大阪府枚方市から移住してきた人々が移り住んだとの言い伝えが残っています播磨国風土記には「枚方と名づけたわけは、河内国茨田(まむた)郡枚方の里の漢人(あやひと:百済等からの渡来人)がやってきて、初めてこの村に住みました。そこで平方(枚方:ひらかた)の里といいます。


そして、播磨でオケとヲケが天皇の子であること知ったのは小盾です。


赤石郡(明石:兵庫県)縮見屯倉首のある家で行われた宴会では、蝋燭を持つ、恭しくて謙遜な二人がいた。君子の風貌のある二人を見た小楯は、不思議に思い、試しに二人に歌を詠んでもらってみると、二人は億計王と弘計王だとわかった。小楯はすぐに立上り、二人に向かって正式に稽首の礼をして、「皇胤がここにいることを知らず、礼儀を失した態度を取ってしまい、死罪に値する。」と申しあげた。早速二人のために郡の民を使って宮殿を造営した。報告が朝廷に伝えられ、清寧天皇は「朕は皇子のないことを憂慮していたが、天の眷顧を賜り、今二人の子供を得た。」と大変喜んで、二王を迎えるために、割符を持たせた小楯と、側近の舎人を播磨へ遣わした。


この小盾が台与であることは、既に何度も書いています。


天孫本紀にイカガ・シコオの妻が小楯姫であること記載されています。第430話:倭(やまと)は高槻市、葛城は交野市という記事の中で小楯(オダテ)は枚方市であるとしました。

・第429話:山部赤人は台与! では小楯なる人物が、隠れていた皇子;弘計と億計を見つけ匿います。

・第423話:飯豊王女は台与(トヨ)なのか? ではこの二人:顕宗天皇(ヲケ)は弘計尊(をけのみこと)、仁賢天皇(オケ)は億計尊(おけのみこと)の兄弟をかくまっていたのが、飯豊王(飯豊王女)=台与としています。


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<蛇足の追記>

・小盾(伊予来目部小楯)=山部赤人であると思われます。

赤石郡(明石:兵庫県)縮見屯倉首のある家で行われた宴会では、蝋燭を持つ、恭しくて謙遜な二人がいた。君子の風貌のある二人を見た小楯は、不思議に思い、試しに二人に歌を詠んでもらってみると、二人は億計王と弘計王だとわかった。

これにより小楯は歌が読めた人物であることが分かります。顕宗天皇が即位すると、小楯の功績を称えて、小楯を山官に任じ、山部連という姓を下賜したと前賢故実あります。山部という姓で歌が読める人物と言えば山部赤人しかいません。

~第429話:山部赤人は台与!


<オケとヲケ>



これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>









 
 
 

4件のコメント

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tootake
3月05日
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久米 クメ イクメ イコマ(生駒)

久留米市に 高良神社  高良大社

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tootake
3月04日
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tootake
3月04日
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