勝尾寺と三所権現
- tootake
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更新日:2 日前
第862話
勝尾寺(かつおうじ)は、大阪府箕面市にあります。西国三十三所第23番札所です。開山は開成(かいじょう)とされています。
勝尾寺縁起によれば、神亀4年(727年)に藤原致房の子である善仲と善算の双子の兄弟(*1)がこの地に入って仏道修行に励み、草庵を設けたのが勝尾寺の始まりであるといいます。ある日、善仲と善算は、石の上で座禅を組む一人の人物に出会います。何者かと尋ねると、自分は光仁天皇の皇子であり、仏門に入りたい思いから都を抜け出し、紫雲たなびくこの山へやってきたというのです。
皇子との出会いに運命的なものを感じた善仲と善算は、彼を草庵に招き戒を授けた。皇子は開成と名乗り、三人による修行が始まった。修行に励む三人は、仏道の妨げとなる悪い行いを防ぐべく、大般若経600巻の書写の誓いを立てます。
大般若経の書写を始める直前、善仲と善算は往生を遂げ、一人残った開成は、あらためて写経の決意を固めますが、紙は用意できたものの、金字で記すための金塊と、墨をするための水がありません。開成は天に向かって、それらが手に入るよう祈ったところ、夢の中で「写経のための黄金を授けよう」と告げられます。何者かと尋ねると、「八幡大菩薩(*2)である」という。目が覚めると、手許に金塊が置かれていました。翌日の夢には夜叉のような者が現れ、「白鷺池の水を汲んできた」と言うので、何者かと尋ねると、「諏訪大明神(*3)である」という。目が覚めると、清らかな水が器に満ちていました。
開成が写経を始めると、こんどは蔵王権現(*4)が姿を現し、「そなたの行いを守ってあげよう」と告げたます。開成は以上の三神を祀る社を建て、これが三所権現で、現在の鎮守堂です。開成は念願であった大般若経600巻の書写を終えて新設の堂に奉納すると、この堂を弥勒寺と名付けました。これが勝尾寺の直接の創建であるといいます。
*1)双子の兄弟~スサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米とウツシコメ(卑弥呼)は双子です。~ 第298話:卑弥呼はヒルメ
*2)八幡大菩薩(=応神天皇)は台与です。~第581話:応神天皇(第15代)は台与
*3)諏訪大明神は台与です。~第465話:ミシャグジ様は物部守屋=ウツシコオ
第620話:大阪と邪馬台国:諏訪(大阪市城東区)
*4)蔵王権現は台与です。~~第720話:中臣印達神社:権現は台与
そして、光仁天皇の皇子とされる開成皇子は、正史に記載がなく不明な点も多い謎の人物ですが、北摂地域の山間部には当寺以外にも茨木市、高槻市など、開成の開基または中興とされる寺院が点在しています。
・宝池寺(ほうちじ)~茨木市大字忍頂寺。山号は竜王山(りゅうおうざん)。開基は大念仏寺の僧・辯応ですが、宝亀年間(715年 – 716年)の頃、畿内一帯が大干ばつの時に開成皇子が来山して池を掘り、八大竜王を召請したことにより、背後に控える山を竜王山と呼ぶようになります。そして建てられたのが、境内にある八大竜王宮です。
*龍とは、このブログで何度も書いてきたように暴れ川(氾濫を起こす川)のことです。
八大龍王はヤマタノオロチのことです。~第412話:ヤマタノオロチは淀川~茨田堤2
・忍頂寺(にんちょうじ)も、茨木市大字忍頂寺、寺伝によれば、聖武天皇の時代(724年 - 748年)に行基*が創建したといいますが、摂津名所図会には、開成王子が創建したと書かれています。*行基~このブログでは、台与の居たと思われる場所には必ずと言ってよいほど行基が登場します。行基は大阪府の南河内で溜池を数多くつくるなど土木工事の達人です。~観音菩薩と台与(9)~高浜神社・常光円満寺:吹田
<まとめ>
勝尾寺の創設に関わる伝説に登場する人物は、スサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)、卑弥呼、台与です。開成皇子も台与をモデルに創作された人物でしょう。
※このブログでは、以前より、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
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<蛇足の追記>
元慶4年(880年)に清和天皇の病気平癒の祈祷が行われ、天皇より「勝王寺」の寺号を賜りました。「王に勝つ」という意味の寺号は畏れ多いとして勝尾寺に差し控えたといいます。しかし山門入って振り返ってみるとちゃんと「勝王寺」と書いた扁額(サンガク)が見られます。
勝尾寺は、「勝ちダルマ」の寺として有名です。小さな勝ダルマをいろいろな場所に置けるようになっています。2023年(令和5年)頃から外国人観光客に人気の場所となり、参詣者のほとんど外国人です。
これまでに書いた 西国三十三所の記事
(1)青岸渡寺 →第543話:熊野の神々は、、、
(2)金剛宝寺(紀三井寺)→第590話:彦狭知(ヒコサチ)の物語2
(3)粉河寺 →第768話:長髄彦と粉河寺~那賀郡
(4)施福寺→第850話:hidemaru3375.com/post/槇尾山-施福寺
(7)岡寺(龍蓋寺)→ 第795話:岡寺と台与(豊)
(8)長谷寺 → 第666話:元伊勢(13)~長谷寺・與喜天満宮
(9)興福寺 南円堂 → 第793話:空海(6):虚空菩薩 (10)三室戸寺 →第723話:三室戸寺~宇治(莵道)(11)醍醐寺 上醍醐准胝堂 →第855話:醍醐寺と白髪の老人(12)正法寺→岩間寺と狗奴国:塔の峰
(13)石山寺 →第857話:石山寺:石(岩)と金
(14)園城寺(三井寺 観音堂)→第860話 :園城寺(三井寺)
(15)今熊野観音寺→第861話:今熊野観音寺:熊野権現の出現伝説 (16)清水寺 (17)六波羅蜜寺
(18)六角堂→第519話:六角堂と平安京(頂法寺)
(21)穴太寺→第824話:穴太寺と穴太衆=土蜘蛛 (22)総持寺 → 第823話:総持寺幻想~大阪府茨木市
(23)勝尾寺:今回 (24)中山寺 →第706話:中山寺・清荒神・売布神社~宝塚市(25)
(播州)清水寺 (26)一乗寺 (27)圓教寺 →第843話:弁慶 大物(だいもつ)・書写山
(28)成相寺 (29)松尾寺 (30)宝厳寺→第705話:竹生島神社・宝厳寺 ~琵琶湖
(31)長命寺→ 第709話:hidemaru3375.com/post/長命寺:武内宿祢と聖徳太子 (32)観音正寺
(33)華厳寺→第725話:谷汲山(たにぐみさん):大口大領
番外 元慶寺(山科)→第720話:毘沙門堂~京都市山科
これまでの記事はこちらです。
※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




<台与シリーズ>
hidemaru3375.com/post/天鈿売命(うずめ)は台与(豊)
https://www.hidemaru3375.com/post/かぐや姫は、台与(とよ)
https://www.hidemaru3375.com/post/磐井の乱と台与
https://www.hidemaru3375.com/post/豊受姫(豊受大神)は崇神天皇
https://www.hidemaru3375.com/post/火明命は饒速日なのか??
https://www.hidemaru3375.com/post/豊鍬入姫命-日光と男体山・女峰山
hidemaru3375.com/post/台与と秦氏 敏達天皇は台与(豊)
衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!
孝昭天皇は台与:日原は目原 飯豊王女は台与(トヨ)なのか?
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ 大宜都比売(おおげつひめ)は台与
倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ?? 神八耳命は台与(豊)
饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 台与は饒速日②~交野市倉治
小楯姫は台与:小楯は枚方 四道将軍:日子坐王は台与!
少彦名大神(スクナヒコ)は台与! 大彦は台与!??
ウマシマジは台与! 阿蘇都媛は台与
沼河比売は小楯姫=台与 タケミカヅチは台与!!
ヤマトタケルは台与 瓊瓊杵尊:ニニギは台与
継体天皇はトヨ(台与)??! 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社
継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) 英彦山と台与
山部赤人は台与! 八幡神は台与!!
とよ(乎止与命・台与・臺與) 台与の物語