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ダイダラボッチ(6)~三湖伝説:八郎太郎

  • tootake
  • 4 日前
  • 読了時間: 8分

更新日:3 日前

第1073話


前回:ダイダラボッチ(5):久慈では、三湖伝説に登場する八郎太郎は、ダイダラボッチと思われます。と書きましたが、八郎太郎がダイダラボッチとする文献はありません。

私が勝手に思っているだけです。が、八郎太郎=ダイダラボッチ=台与である根拠はあります。


三湖伝説は、青森、岩手、秋田にまたがる伝説です。主に秋田県を中心として語り継がれています。各地にこの物語が残されていますが、細部はそれぞれ異なっています。

三湖とは、八郎潟、十和田湖、田沢湖のことです。

八郎太郎は、この三湖すべてに関係しています。


八郎太郎は、鹿角かづの)で生まれたとされています。鹿角市草木字保田(ぼった)には、地元住民が「八郎太郎生誕の地」碑を建立しています。


第1068話:小野氏を考える(6):小野篁は、、、では、 小野 篁には、篁は昼間は朝廷で官吏を、夜間は冥府において閻魔大王のもとで裁判の補佐をしていたという伝説を持つ小野篁は、陸奥国(むつ)に赴いています。陸奥国鹿角郡(かづのぐん)にも小野篁はいたはずです。というのも鹿角地方では、千数百年前から、砂金が採掘されていたからです。


このブログでは、「鹿」「角」はスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米のキーワードとしています。~第388話:スサノオのキーワードは角と竹と、、

金はウツシコオ・台与と関係があることも述べました。~第476話: 金華山と百済王敬福


八郎太郎は、十和田湖で暮らしていましたが、南祖坊という修行僧がやってきて八郎太郎は十和田湖から追い出されてしまいます。南祖坊の出身地は、南部(七崎村とも斗賀村)ともいわれていますが紀州(和歌山県)の熊野*で修行をしていたとされています。

*台与は熊野の神です。~第543話:熊野の神々は、、、


青森県三戸郡南部町の斗賀神社の裏に十和田神社があり、ここが南祖坊生誕の地といわれています。南部は糠部です。糠部は奴可(ぬか)で前回:ダイダラボッチ(5):久慈で八頭の大蛇(ヤマタノオロチ)がいるとした場所です。


南祖坊はそのまま十和田湖に住み付きます。十和田湖畔には十和田神社があり、その、境内社として熊野神社(=台与)も設けられ、の草鞋(わらじ)が奉納されています。

この草鞋(わらじ)は、権現様*から授かったものです。「これを履いて諸国を修行し、草鞋が切れたところをすみかとせよ」というお告げを受けたものです。南祖坊は諸国を巡り、十和田湖に着いたそのとき、の草鞋が切れたのでした。南部は南部で有名です。

草鞋(わらじ)は旅→足を連想させることから、ウツシコオ・台与のキーワードの一つです。も台与=五十鈴のキーワードです。第185話:金屋子神は五十鈴姫  第216話:五十鈴姫は鉄の神

*権現は、台与です。~第720話:中臣印達神社:権現は台与


十和田湖を追われた八郎太郎は高台に腰掛け、鹿角の里を見下ろしました。小坂川、大湯川、米代川が合流する雄神(おがみ)と雌神(めがみ)の間をせき止めれば、鹿角の盆地は大きな湖となり、ここを安住の地にできると考えたのでした。そこで八郎太郎は十和田湖を追われた八郎太郎は高台に腰掛け、鹿角の里を見下ろしました。小坂川、大湯川、米代川が合流する雄神(おがみ)と雌神(めがみ)の間をせき止めれば、鹿角の盆地は大きな湖となり、ここを安住の地にできると考えたのでした。そこで八郎太郎は毛馬内(けまない)の茂谷(もや)山に縄をかけて背負い、川の合流地点をせき止めようとしました。

毛馬内(けまない)の茂谷(もや)山に縄をかけて背負い、川の合流地点をせき止めようとしました。


米代川も暴れ川(洪水を起こす川)で、ウツシコオ・台与の河川の改修工事を行う対象となりますが、米代川流域には鉱山地帯が多く尾去沢鉱山小坂鉱山大葛鉱山阿仁鉱山太良鉱山などの鉱山から出る鉱石は米代川での舟運で運ばれていました。第63話:丹・朱を求めた天皇たち

また、この地区は優れた材木の産地でもあり、これらも米代川を使って運ばれ、特に丸太を筏にして川に流す筏流しは1964年まで続いていました。

木材もウツシコオ・台与にとって重要な資源です。鉄器を作るのにも木材は必要です。~第834話:穂高・佐久・上高地:地名の由来


鹿角の神様たちは八郎太郎を追い出すための相談をしました。そして鹿角の花輪地区の鍛冶屋に金槌などをつくらせ、牛で運ばせ、八郎太郎がせき止めた場所を壊すことにします。 牛は運んでいる途中であまりの重さに血を吐いたといいます。その土地を「血牛(ちうし)」といい、現在は「乳牛(ちうし)」の地名となっています。

この乳牛の近くにあるのが駒形神社(秋田県鹿角市)です。

駒形神社についても、前回:ダイダラボッチ(5):久慈で、駒形神社は「高麗形(こまがた)神社」ともいい、馬そのものの守護神であるばかりでなく駒の飼育の指導にあたった高麗(朝鮮)からの帰化人たちが、自分たちの奉仕する神として祀ったものが、いつしかその業である駒に転化したのではないかという説があります。と書いています。

高麗(狛:こま)は、呉の勝=秦氏=ウツシコオ(内色許男命)スサノオ・台与の一族

のことです。~第821話:泉津~泉(5)京都府木津川市 第679話:伊豆美神社~東京都狛江市



三湖伝説はまだ続きますが、上記だけでも、八郎太郎=南祖坊=ダイダラボッチ=ウツシコオ・台与であることが分かります。


八郎潟、田沢湖と辰子姫については次回で書く予定です。→八郎太郎(2):八郎潟


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<蛇足の追記>

十和田湖を追われた八郎太郎が新しいすみかを求めてあちこちを探し回った伝説は沢山あります。その中で「鰐」という地名が出てきます。


新撰陸奥国説では、目屋沢に八郎と呼ばれる杣人がいて、あるとき一匹の魚を食い、川の水を飲み干すと、全身に鱗が生えた。十和田こそが我が住処とそこに行くと、南蔵坊が住んでいて入ることができない。そのため「剣が鼻(大鰐):青森県津軽」に来て、大堤を築こうとすると、大鰐温泉(おおわにおんせん)に野丑と山丑という兄弟がいて、彼らが大日如来に祈願すると両人角を得て丑となり、八郎に突進し秋田に追い出し、八郎がせき止めようとした木材はそのまま石*になったという伝説が記載されています。せき止めようとした木材・石は、この地でが土木工事(河川改修工事)が行なわれたことを現しています。


大鰐町には、貴船神社があり、旧名を十和田宮と呼ばれていました。現在でも単に十和田さまといえば津軽ではこの宮を指します。貴船神社の祭神は、淤加美神(龗神)=磐長姫命=台与です。~第651話:大神神社を探る(14)~貴船神社


この「鰐」とは、第1066話:小野氏を考える(4):和珥(ワニ)氏で書いたように、小野氏は、和珥氏の枝氏です。和珥氏(わにうじ)は、2世紀後半頃、日本海側から越前・若狭から畿内に進出した日の御子信仰または太陽信仰をもつ鍛冶集団とする説や、漁労・航海術に優れた海人族であったとする説があります。

大和朝廷成立以前に、大阪府、京都府、奈良県、三重県、愛知県、滋賀県の広い地域を統治されていた名族で、諸国に多い小野の地名の由来となった一族です。


このシリーズでは、ダイダラボッチが、日本各地の河川の改修工事を行った呉の勝=秦氏=ウツシコオ(内色許男命)スサノオ・台与の一族であることを証明しようとしています。


次回に続く(予定)


<ダイダラボッチ・シリーズ>


これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>





 
 
 

5件のコメント

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大福
3日前
5つ星のうち5と評価されています。

東京の武蔵村山市に『大多羅法師の井戸』(ダイダラボッチの井戸)というのがあって、意外な当て字になっています。

この『大多羅(だいだら』を『たたら』とも読めなくもないかも。

『ダイダラボッチ』は『タタラボッチ』か?😄笑

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
2日前
返信先

いつも情報ありがとうございます。大福殿のコメント楽しみにしています。

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
3日前
5つ星のうち5と評価されています。

鳥トーテムをもつ秦王室とその族裔たち

「積羽八重」の積羽には、「積羽沈舟」(せきうちんしゅう)という言葉があるが、此れは「羽のように軽いものでも積み重なれば、舟を沈めるほど重くなる」という語意であり「八重」は、沢山の層が重なるさまの語意である。

 

 このことから積羽八重事代主神とは「幾重にも重なった靈験による神性」「多くの優れた力が重なり合っている」という表現になるとも云える。

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
4日前
5つ星のうち5と評価されています。

八郎太郎がダイダラボッチであるという文献は今のところ見当たらないのですが、私なりに地名や伝説のキーワードを読み解いていくと、意外な繋がりが浮かび上がってきます。なぜ、鹿角が重要な舞台なのか。小野篁との関係を含め、深堀りしています。

  

八郎潟、十和田湖、田沢湖。これら三湖を繋ぐ伝説の背景にある古代の姿を一緒に追いかけませんか?歴史の断片を自分なりの視点で繋ぎ合わせる、このワクワクする感覚を共有できれば嬉しいです。

編集済み
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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
4日前
5つ星のうち5と評価されています。

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