top of page

出雲色男命と伊香色雄命

  • tootake
  • 1 日前
  • 読了時間: 6分

更新日:3 時間前

第1121話 #稚櫻神社 #磐余玉穂宮


前回:磐余玉穂宮:継体天皇では、いきなり出雲色男命(いずもしこお)が登場しました。

継体天皇が最後に作ったといわれる磐余玉穂宮(いわれたまほのみや)のすぐ近くにある稚櫻(わかさくら)神社があり、この神社の祭神が出雲色男命です。


出雲醜男(出雲醜大臣命)は、古事記、日本書紀本文には登場しませんが、出雲地方の社伝・系図・地誌に現れる荒魂系の祭祀者で、出雲神話体系の中で重要な役割を持つ人物です。出雲地方の古社縁起・系図写本・地誌(雲陽誌など)にその名がみられます。

  • 「シコ(醜)」=荒ぶる・猛い・強い 鬼的な力を持つ

  • 「男(オ)」=男性神・男性祭祀者

という語構成から、出雲神話では、 荒魂・鬼神・境界神に付く語として頻出しています。

  • 雲陽誌という出雲の古社・古伝承を大量に収録した書物では、「シコの大臣」「シコオ」系の人物が複数登場しています。

特に荒魂系の神社(佐太神社・揖夜神社・杵築大社の荒魂系統)で、 荒魂を鎮める大臣=シコオ/シコノオオミ   として記されています。


前回、出雲色男命=伊香色雄命=台与です。←後述予定としたのは、

牧尾和彦著:『邪馬台国と神武天皇』のp369に「出雲シコの大臣が、懿徳天皇の大臣であるとは、出雲シコの大臣と同一人物と見られるイカガシコオが、開化天皇・崇神天皇の大臣とされれいることと整合する。」と書いてあったからです。


学界の見解では、出雲色男命=伊香色雄命を同一視を支持する論文・書籍もありますが、反対意見や慎重な評価をする研究者も多く、学界でのコンセンサスはありません。


ちなみに、このブログでは、懿徳天皇、開化天皇・崇神天皇は、台与としています。


伊香色雄命(いかがしこおのみこと)は、私がこのブログを書き始めるきっかけとなった人物です。私は趣味で市民オーケストラをやっておりました。その練習場としてしようしていたのが伊加賀小学校です。おかしな名前だなと思って図書館で調べてみたところ伊加賀は、崇神天皇の母親である伊香色謎命(いかがしこめ)の住んでいたところだったというのです。

伊香色謎命(いかがしこめ)の兄が、伊香色雄命(いかがしこおのみこと)で、二人は大綜麻杵(オオヘソキ)の子です。大綜麻杵はウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王=難升米です。


​これまでこのブログでは、

などの記事を書いてきました。


伊香色謎命(いかがしこめ)、伊香色雄命(いかがしこおのみこと)が大綜麻杵=ウツシコオ(内色許男命)の子ということは、伊香色謎命=伊香色雄命=台与です。

毎回、書いている(下の方に)のですが、このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

台与は、大綜麻杵=スサノオ(津田の王=難升米の子です。


出雲醜大臣命(イツモシコ)の父は彦湯支命(ヒコユキ)です。

出雲地域の神社が伝える縁起や由緒書きには、祭神の系譜を独自に整理したものがあり、そこに「イツモシコの父=ヒコユキ」とする記述が含まれることがあります。

彦湯支命(ヒコユキ)はウツシコオです。~第97話:忌部氏(彦幸)~和歌山・名草

この出雲醜大臣命はイカガシコオ(伊香色雄命)のまたの名または尊称とされるのは「邪馬台国と神武天皇」の著者である牧尾一彦氏です。p367

牧尾氏は「出雲のシコ(醜)系統の人物」を扱う際に、複数の郷土史・系図写本・神社縁起を参照しているため、そこから「彦湯支命を父とする系図」が導かれている可能性があります。


ところで 奈良県桜井市池之内 字宮地にある稚櫻神社になぜ出雲色男命が祀られているからというと、この辺り(桜井市)が出雲だったからです。現在でも〒633-0122に出雲があります。


出雲(いずも):国道165号線沿い(長谷寺方面)~十二柱神社が鎮座。野見宿禰の五輪塔があり、出雲人形の産地でもあります。境内には野見宿禰の五輪塔もあり、相撲神としての信仰も見られます。野見宿禰はウツシコオです。~第506話:野見宿禰と当麻蹴速は同一人物

・出雲屋敷:狭井川北方(三輪山の東麓)~地元伝承に残る地名。神官や荘官の居住地だった可能性があり、大神神社との関係が深い場所です。

・出雲荘(いずものしょう):桜井市江包・大西付近~興福寺領の荘園。


整理すると、 出雲は正式町名、出雲屋敷は古地名、出雲荘は荘園名です。

出雲とは、台与のことです。~第674話:伊豆・出石・出雲


出雲色男命=伊香色雄命=伊香色謎命は台与ということです。


継体天皇の磐余玉穂宮があったとされる奈良県桜井市池ノ内の近くに稚櫻神社があるということは、継体天皇なる人物を台与をモデルに創作した記紀の作者たちは、何にもない奈良県桜井市池ノ内にせめて神社でもということで稚櫻神社を創設したのです。稚櫻神社の「稚」は「若」で13歳で大和(邪馬台国)の大王(天皇)に即位した台与を表しています。


これまでの記事はこちらです。


{広告}

本能寺の変、秀吉の中国大返しを描く、娯楽超大作、絶賛発売中!! 200円です。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>








 
 
 

最新記事

すべて表示
邪馬台国 第1081話~第1120話

邪馬台国は、北摂=三島(御島)=枚方、交野、高槻、宇治であるという仮説をたて邪馬台国を探るプログです。 日本各地の地名をたどっていくと、そこから見えてきたのは、卑弥呼が亡くなったのち、 スサノオ、台与(豊)が日本各地で生き生きと活動する姿でした。 素戔嗚(スサノオ)、とよ(台与:豊)は日本各地の暴れ川(洪水)を起こす川の改修工事を行い稲作を促進していくとともに仏教の布教にも関わっていたのです。 {

 
 
 

3件のコメント

5つ星のうち0と評価されています。
まだ評価がありません

評価を追加
秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
13時間前
5つ星のうち5と評価されています。
編集済み
いいね!


秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
1日前
5つ星のうち5と評価されています。

<台与シリーズ>

hidemaru3375.com/post/天鈿売命(うずめ)は台与(豊)

https://www.hidemaru3375.com/post/かぐや姫は、台与(とよ)

https://www.hidemaru3375.com/post/磐井の乱と台与

https://www.hidemaru3375.com/post/豊受姫(豊受大神)は崇神天皇

https://www.hidemaru3375.com/post/火明命は饒速日なのか??

https://www.hidemaru3375.com/post/豊鍬入姫命-日光と男体山・女峰山

hidemaru3375.com/post/台与と秦氏  敏達天皇は台与(豊) 

衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!

孝昭天皇は台与:日原は目原  飯豊王女は台与(トヨ)なのか?

金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ    大宜都比売(おおげつひめ)は台与 

倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ??  神八耳命は台与(豊)

饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作  台与は饒速日②~交野市倉治

小楯姫は台与:小楯は枚方   四道将軍:日子坐王は台与!

少彦名大神(スクナヒコ)は台与!  大彦は台与!??

ウマシマジは台与!    阿蘇都媛は台与

沼河比売は小楯姫=台与  タケミカヅチは台与!!

ヤマトタケルは台与  瓊瓊杵尊:ニニギは台与

継体天皇はトヨ(台与)??!  継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社

継体天皇は台与3~田井(寝屋川市)  英彦山と台

いいね!
bottom of page