茨城県の邪馬台国(2):武生神社と坂上田村麻呂
- tootake
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第929話
常陸太田市下高倉町に武生神社(たきゅう神社)があります。
祭神は、大戸道尊です。神武天皇の頃、大戸道尊がこの山頂に降臨され、大宝元年(701)、役小角*が神霊を武生山上に遷祀、社殿が創建されたのが大同元年(806)3月1日と伝えられています。*役小角はウツシコオです。~第475話:役の行者(役 小角)と韓国広足
大戸道尊とは、オオトノヂ(意富斗能地、大戸之道)・オオトノベ(オホトノべ、大斗乃弁、大戸之部)は、オオトマヒコ(大戸摩彦、大苫彦)・オオトマヒメ(大戸摩姫、大苫姫)の男女一対の神です。
古事記では兄を意富斗能地神、妹を大斗乃弁神、日本書紀では兄を大戸之道尊、妹を大戸之部尊、先代旧事本紀』では兄を大苫彦尊、妹を大苫姫尊と表記しています。
オオトノヂ(意富斗能地)の「地」は男性、オオトノベ(大斗乃弁)の「弁」は女性の意味で、「オホト」は、男女の性器と考えられています。神話ではこの二神に続き、まず地面または体が不備なく整った淤母陀流神・阿夜訶志古泥神が現れ、次に出現した伊邪那岐・伊邪那美二神の国生みにより国土(大八嶋国)が誕生し、その際、二神による交合が行われたおり、これは、イザナギ、イザナミの神話と同じです。
第871話:カムロキ・カムロミ:イザナミは台与で書いたように、男女2神は、夫婦ではなく、ウツシコオ・台与の親子です。
オオトノヂ(意富斗能地)は、ウツシコオで、オオトノベ(大斗乃弁)は台与です。
そして、この武生神社には、征夷大将軍坂上田村麿が蝦夷征伐の際、武運長久を祈願、神恩を謝して本殿を興造し「やぶさめ」の神事を奉納、この儀式は長く伝えられたという伝説が、あります。
坂上田村麻呂については、このブログで何度も書いており、坂上田村麻呂のついては、その伝説は台与の伝説と重複している部分が多いことは、以前にこのブログで書きました。第910話:呉服神社と坂上氏・阿智氏では、坂上田村麻呂の伝説は台与の伝説でもあるのです。と書きました。
では、坂上田村麻呂の蝦夷討伐では。「アテルイ(阿弖流為)が生まれるこの300年も昔からこの地に前方後円墳があったということは、アテルイとその一族も大和朝廷の支配下にあったと考えるのが妥当です。」と書きました。
つまり、坂上田村麻呂の蝦夷討伐の話自体が、創作である可能性があります。
詳しく調べましたが、坂上田村麻呂が茨城県に来たという記録はありません。ただ伝説では、田村麻呂は茨城県に来たとされています。
このブログでは、ヤマトタケルは台与であるとしています。
坂上田村麻呂の伝説も台与が茨城県に来たということなのです。
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<蛇足の追記>
武生神社のある常陸太田市下高倉町の高倉とは、台与の住居のある大阪府交野市倉治からきているのだと思います。
高倉とは、記紀に登場する高倉下(タカクラジ)のことです。
高倉下の別名は、天香語山命です。天香語山命は尾張氏の祖とされています。神武紀では、タカクラジは高倉下または高倉と記されています。すなわち高倉と書いてもタカタラジと読ませています。
高倉下の別名は、天香語山命です。天香語山命は尾張氏の祖とされています。台与も尾張氏の祖と思われます。~第370話:とよ(乎止与命・台与・臺與)
大阪府寝屋川市に高倉という地区があります。やはり台与と関係のある地です。
~第430話:倭(やまと)は高槻市、葛城は交野市
<ヤマトタケル=台与の足跡をたどる>
第691話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(1)~飯野山神社
第692話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(2)~都都古和氣神社
第694話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(4)~酒折宮
第695話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(5)~島穴神社
第697話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(7)~鹿島香取神社
第698話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(8)~古峯神社
<坂上田村麻呂の伝説>
第840話:坂上田村麻呂:田村神社
関連項目:第875話:立木神社・香取神宮・春日大社
:第910話:呉服神社と坂上氏・阿智氏
これまでの記事はこちらです。
※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




<台与シリーズ>
hidemaru3375.com/post/天鈿売命(うずめ)は台与(豊)
https://www.hidemaru3375.com/post/かぐや姫は、台与(とよ)
https://www.hidemaru3375.com/post/磐井の乱と台与
https://www.hidemaru3375.com/post/豊受姫(豊受大神)は崇神天皇
https://www.hidemaru3375.com/post/火明命は饒速日なのか??
https://www.hidemaru3375.com/post/豊鍬入姫命-日光と男体山・女峰山
hidemaru3375.com/post/台与と秦氏 敏達天皇は台与(豊)
衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!
孝昭天皇は台与:日原は目原 飯豊王女は台与(トヨ)なのか?
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ 大宜都比売(おおげつひめ)は台与
倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ?? 神八耳命は台与(豊)
饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 台与は饒速日②~交野市倉治
小楯姫は台与:小楯は枚方 四道将軍:日子坐王は台与!
少彦名大神(スクナヒコ)は台与! 大彦は台与!??
ウマシマジは台与! 阿蘇都媛は台与
沼河比売は小楯姫=台与 タケミカヅチは台与!!
ヤマトタケルは台与 瓊瓊杵尊:ニニギは台与
継体天皇はトヨ(台与)??! 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社
継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) 英彦山と台与