坂上田村麻呂と毘沙門天
- tootake
- 3 日前
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第942話
坂上田村麻呂は毘沙門天として祀られています。
清水寺の本尊は十一面千手観世音菩薩ですが、千手観音の脇侍には婆藪仙人と大弁功徳天を置くのが基本ともいわれますが、清水寺の脇侍は地蔵菩薩と毘沙門天です。
これには、清水寺を創建した坂上田村麻呂の伝説が関係しているようです。
清水寺縁起によると、坂上田村麻呂は蝦夷の地で信仰していた清水観音に祈り続けながら戦っていたといいます。
その前に現れたのが僧侶と老翁*で、僧侶と老翁は、田村麻呂が蝦夷征討に赴く際、開山の延鎮が必勝祈願のために彫った地蔵菩薩と毘沙門天だったと言われています。
毘沙門天は本来インドの財宝神クベーラ(ヴァイシュラヴァナ)に由来し、財宝、富の守護
北方の守護、武神としてあがめられています。
そして、東北では毘沙門天が強く信仰されています。その理由は、毘沙門天は北方守護神であるからです。 東北は大和朝廷にとって「北方の境界」で 北方を守る神=毘沙門天の権威が必要です。前回:坂上田村麻呂と金書いたように坂上田村麻呂は金の採掘と関連しています。
坂上田村麻呂は、 産金地帯の守護神として最適で武神であることから蝦夷征討という架空の話が創作されたのです。第838話:hidemaru3375.com/post/アテルイ(2):角塚古墳では、坂上田村麻呂の蝦夷討伐では。「アテルイ(阿弖流為:蝦夷の酋長)が生まれるこの300年も昔からこの地に前方後円墳があったということは、アテルイとその一族も大和朝廷の支配下にあったと考えるのが妥当です。」と書きました。
つまり、坂上田村麻呂は毘沙門天は「北方」+「軍事」+「財宝」という東北の政治的・宗教的状況にぴったりあてはまる存在でした。
*僧侶と老翁~このブログを書いているうちに、古くある神社の創建にまつわる伝説には、しばしば老人が登場することに気が付きました。老翁はウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)=難升米です。~第855話:醍醐寺と白髪の老人
そして僧侶は台与です。
~第539話:仏教伝来異聞 第628話:観音菩薩と台与(1)~大聖観音寺
<東北の産金地帯と毘沙門天>
達谷窟毘沙門堂(岩手県平泉)は坂上田村麻呂がアテルイ討伐後に建立したと伝わっています。岩手南部は古代の主要産金地帯で、「蝦夷平定」+「産金地の守護」+「毘沙門天」という構造が見えます。
会津*の毘沙門天信仰~会津は古代から砂金の産地で七日町の毘沙門堂など、財宝神としての信仰がみられます。
最上川流域の金山と毘沙門天~山形の金山町(地名がそのまま金山)周辺には毘沙門天信仰が多く見受けられます。
台与とウツシコオが東北各地を稲作の推進のためにヤマトタケルとなっで訪れるたことはこのブログで書いてきました。ヤマトタケルについては、今までに下記のような記事を書いています。
第691話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(1)~飯野山神社
第692話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(2)~都都古和氣神社
第694話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(4)~酒折宮
第695話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(5)~島穴神社
第697話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(7)~鹿島香取神社
第698話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(8)~古峯神社
<坂上田村麻呂>
第875話:立木神社・香取神宮・春日大社
第840話:坂上田村麻呂:田村神社
第941話:坂上田村麻呂と金
坂上田村麻呂=毘沙門天=ヤマトタケル=台与とウツシコオということです。
*会津~会津姫は台与です。~第680話:会津姫~小平潟天満宮:平潟(枚方)
関連項目:第721話:毘沙門堂~京都市山科
これまでの記事はこちらです。
※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




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天日鷲命は、、、
オモノキ考
伊邪那美命~伯耆の国は、母の国
杭全神社~息長氏と河内
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http://ikomakannabi.g1.xrea.com/nukata.html
<台与シリーズ>
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