稲背入彦命は桃太郎
- tootake
- 5月18日
- 読了時間: 4分
更新日:5月19日
第1051話
稲背入彦命は、第1046話:佐伯氏:佐伯部と蝦夷(2)で登場しました。滋賀県野洲市にある兵頭大社の社伝「兵主大明神縁起」によれば、景行天皇は皇子・稲背入彦命(いなせ・いり彦)に命じて大和国穴師(奈良県桜井市穴師、穴師坐兵主神社)に八千矛神を祀らせ、これを「兵主大神」と称して崇敬したといいます。八千矛之神は日吉大社(大津市)から亀に乗って琵琶湖を渡り、そこから鹿に乗ってやってきたといいます。そして稲背入彦命=台与と同一人物でしょう。と書きました。
姫路市内にある白国神社があります。この白国(しらくに)については、播磨国風土記:飾磨の郡:新良訓(しらくに)の条で、新良訓と名づくる所以は、昔、新羅の国の人、来朝ける時、この村に宿をとったから「白国」と名付けられたとあります。
白国神社の祭神は稲背入彦命と阿曾武命(あそたける)と神吾田津日売命(かむあたつ姫)の三柱です。
社伝によれば、今を去る千七百年の昔、景行天皇の皇子である稲背入彦命が、大和から当地(白國)へ下向された時に宮殿を構えて統治された。とあります。
新羅の国の人というのは、スサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米です。~第845話:hidemaru3375.com/post/新羅は白髭-猿田彦
稲背入彦命=阿曾武命(あそたける)=神吾田津日売命(かむあたつ姫)です。
・阿曾武命は阿蘇都姫のことです。~第428話:阿蘇都媛は台与
・神吾田津日売命は、コノハナサクヤ姫と同一人物です。~第138話:木花之佐久夜毘賣(この花咲くや姫) 第501話:乙姫・弟姫・弟彦・乙彦
日本書紀:景行紀四年条には、「次の妃、五十河媛、神櫛皇子・稲背入彦皇子を生めり。その兄神櫛皇子は、これ讃岐国造の始め祖なり。弟稲背入彦皇子は、これ播磨別の始祖なり。」とあります。
このブログでは、何度も書いているのですが、播磨は、播磨国風土記のいうところの呉の勝(スグリ)が移住してきた地なのです。
「昔、呉の勝(スグリ)が韓の国から渡ってきて、はじめ紀伊の国(和歌山)の名草の郡の太田の村に着いた、その後、分かれて摂津の国の三島の賀美の太田の村に移ってきて、それが揖保の太田の村に移住して来た。これは元居た紀伊の国の太田をとって里の名とした。」
第924話:秦氏の研究では、呉の勝=安曇族=卜部氏=中臣氏=物部氏=秦氏=ウツシコオ(内色許男命)=スサノオ・台与の一族=邪馬台国としています。
この稲背入命が、彦狭嶋であり、吉備津彦であるとされるのは、「かぐや姫と浦島太郎の血脈」の著者 佐藤陽太氏です。P218~219 「神武天皇と卑弥呼の時代」P118
この説には、私も大賛成です。彦狭嶋については、第371話:彦狭島命~吉備児島
第372話:建日方別:彦狭嶋命 第374話:牛鹿臣はウツシコオ!で書いていますは、
牛鹿臣には笠朝臣に改姓する者が多く、笠朝臣が稚武彦命の後裔を称しています。
若建吉備津日子命も、孝霊天皇の子で桃太郎とされる人物です。
稚武彦命(ワカタケヒコ)=若布都主(ワカフツヌシ)=台与です。
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<蛇足の追記>
・稲背入命の「稲」は、台与のキーワードです。
・背は山背(やましろ)の「背」でしょうか。「やましろ」は、山城、山代、山背と表記され京都府と大阪府が接している地点で私が邪馬台国(御牧国)のことです。
~第1話:邪馬台国はミマキ国 ~枚方
・稲背入彦命の「入彦」は、ミマキイリヒコ(御牧入彦)=台与を思わせます。
~第13話:古代史研究者の勘違い ~枚方市牧野
次回(桃太郎の真実)に続く→桃太郎伝説の真実:阿宗神社
これまでの記事はこちらです。
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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>
