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可児市と桃太郎

tootake
8月1日
読了時間: 6分

更新日:8月4日

第1126話


岐阜県に可児という地名があります。可児は「カニ」と読みます。

可児市の名前の由来には、主に「掃部(かにもり)」に由来する説と「蟹」に由来する説があります。

可児市の名称は、宮中の掃除を担当していた「掃部(かにもり)」に由来するという説が最も信憑性が高いとされています。この説は、日本地名研究所の所長である谷川彰英氏によって指摘されています。この場合、「掃部」は宮中の清掃を行う役職を指し、その名称が地名に転用されたと考えられています。


第556話: 豊玉姫:ワニとカニでは、 次のように書きました。

豊玉姫がお産をしている最中にたくさんの蟹(かに)が海から上がってきてお産のじゃまになったとされています。そこで蟹を放棄でき飛ばしたのが天忍人(男)命だといいます。奈良県の葛城市にある葛木倭文座天羽雷命神社(かつらき・しとりに・います・あめの・はいかづちの・みことじんじゃ)に右殿は守神社で天忍人命を祀っています。


天忍人命の後衛が蟹守氏で、蟹守姓は部(かもん)姓の祖です。

また、木津川の近くの京都府京田辺市相楽郡に蟹幡郷(かむはた)があり、迦爾米雷王(かにめいかづちのみこ)の名も蟹幡郷にちなむとされています。~第331話:朱智神社~迦邇米雷王

迦爾米雷王の父である山代大筒木真若王、その名から当地付近、山城国(山代)の綴喜郡(筒木)を拠点としていたことが推測されます。息長氏の祖とされています。

息長氏も和珥氏も元々は同族ということです。すべての氏族の祖はスサノオウツシコオ(内色許男命)・台与です。


なお、この蟹に妨害されながらも豊玉姫から生まれたのがウガヤフキアエズ(彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊)でこのウガヤフキアエズこそがスサノオウツシコオ(内色許男命)です。~第256話:ウガヤフキアエズのミコト


この可児市のある辺りは、古く有史以前から集落が存在し、市域には国の史跡に指定されている長塚古墳や県下最大級を誇る次郎兵衛塚一号墳をはじめとした、多くの遺跡や古墳が存在しています。また、弥生時代から近世にまで至る柿田遺跡からは、古墳時代に行われた大規模な河川工事の跡も検出されています。


可児市の近くには、太田(美濃太田)や、加茂(美濃加茂)などの地名があります。

大田は、ウツシコオと台与一族のことです。~第48話:太田市と遺跡 ~呉の勝

第924話:秦氏の研究では、呉の勝=安曇族=卜部氏=中臣氏=物部氏=秦氏=ウツシコオ(内色許男命)スサノオ・台与の一族=邪馬台国としています。


スサノオウツシコオ(内色許男命)=難升米と台与は、日本各地の河川工事を行い稲作の推進を行って来たとこのブログでは書き続けています。ウツシコオと台与はこの可児市周辺にきて木曽川の河川工事をおこなっていたのです。


日本書紀によれば景行天皇4年に景行天皇が美濃に行幸した際に、現在も久々利地区に史跡が残る泳宮(くくりのみや)を仮宮としたとされています。くくり姫(菊理媛)は台与です。

加茂=鴨氏もウツシコオと台与の一族のことです。

第894話:二つの三嶋鴨神社 第93話:鴨王!邪馬台国に進出


可児市、美濃加茂市から木曾川を下ったところ: 愛知県犬山市栗栖大平に桃太郎神社があります。この桃太郎神社については、第836話:桃太郎は台与:桃太郎神社で、すでに書いています。桃太郎といえば、岡山と思う人は多いと思いますが、桃太郎伝説=桃太郎神社は日本の各地にあります。犬山市には桃太郎伝説が存在し、この神社はその伝説を象徴しています。愛知県犬山市の桃太郎神社の祭神である「大神実命」は意富加牟豆美命(おおかむづみのみこと)と表記もされます。


意富加牟豆美命の名前のなかに「豆美」の文字が入っています。

「豆美」とは、京都市伏見区淀美豆町の地名で台与のことです。

第1030話:国引き神話の真実では、出雲の国引き神話に登場する八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)=淤美豆奴神(オミヅヌ)は台与であるとしました。

つまり桃太郎=吉備津彦=意富加牟豆美命(桃太郎の祭神)=台与ということです。

第371話:彦狭島命~吉備児島


桃太郎神社のある愛知県犬山市栗栖栗栖の「栗栖:くりす」は第1093話:崇神天皇と国栖で書いた「国栖:くにす」のことでしょう。国栖は土蜘蛛と同じで河川工事をおこなう労働者のことです。


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<蛇足の追記>

愛知県犬山市周辺には独自の桃太郎伝説が色濃く残っています。

  • 誕生と成長: 木曽川の「漂流(へぐり)の岩」に流れ着いた大きな桃から桃太郎が生まれ、周辺の山々で鍛錬を積みました。

  • 家来との出会い: 犬山市の「犬山」、可児市の「猿 can/猿 need(猿ばみ)」、各務原市の「雉ヶ野(きじがの)」など、お供となった犬・猿・雉にちなむ地名が残っています。

  • 鬼退治: 木曽川の中州にあった「可児の鬼ヶ島」(現在の可児市兼山付近)に住む鬼たちを退治し、宝物を持ち帰って地域に平和をもたらしたと伝えられています。

  • 鬼の岩屋・宝かくれ岩(犬山市・可児市周辺)

    鬼が身を隠したとされる洞窟や、奪った宝物を隠したとされる岩など、周辺の山中には伝承に紐づく自然の造形物が点在しています。


桃太郎=台与としないと、なぜこの地域で桃太郎伝説が残っているか説明を説明できません。


関連項目:第1051話:稲背入彦命は桃太郎

    :第1052話:桃太郎伝説の真実:阿宗神社


これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>



 
 
 

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1件のコメント

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
7月31日
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