国引き神話の真実
- tootake
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更新日:2 日前
第1030話~台与の日本統一 #八束水臣津野命 #淤美豆奴神
国引き神話は、出雲風土記の冒頭、意宇郡の最初の部分に書かれています。
出雲風土記では、最初に作られた出雲国は、「狭布(さの)の稚国なるかも、初国小さく作らせり、故(かれ)、作り縫はな」という失敗作であったといいます。
「狭布」とは、細長い布のことです。そこで、八束水臣津野命は、遠く「志羅紀」「北門佐岐」「北門農波」「高志」の余った土地を裂き、四度、「三身の綱」で「国」を引き寄せて「狭布の稚国」に縫い合わせます。できた土地が現在の島根です。
八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)の別名は、淤美豆奴神(オミヅヌ)です。
八束水臣津野命は、日本書紀には登場せず、古事記では須佐之男命(スサノオ)の4世孫とされています。
淤美豆奴神は、水にまつわる神と考えられています。「淤」は「大」の音約、「美豆」は「水」、「奴」は「主」で、名義は「偉大な水の主」という意味です。
第1025話:映画国宝と天知迦流美豆姫で書いたように、「美豆」は京都府京都市伏見区淀美豆町のことです。そして「美豆」は台与のことです。
八束水臣津野命=淤美豆奴神は台与なのです。
第164話:四隅突出型墳丘墓~原イズモ国では、四隅突出型墳丘墓は大和朝廷(邪馬台国)とは別の勢力が築いた墳墓と考えられます。と書きました。
島根県出雲市大津町字西谷にある西谷墳墓群では4号墓が築かれたのち、谷を挟んで向かい側の丘(三谷神社境内)に9号墓が築かれたのを最後に王墓の築造が途絶えます。同様に山陰の別のクニでも四隅突出型墳丘墓の築造が止まっています。近畿地方に新しい形状の墳墓(前方後円墳)が築かれようとする、ちょうどその頃のことです。
意宇郡(おうぐん)の「意宇:おう」は「王」で古代の島根県には、大和朝廷(邪馬台国)とは、別の王が居たという説があります。
この島根の王(意宇)を討ち取ってのが台与(八束水臣津野命=淤美豆奴神)だと考えれば、話はスッキリします。
これまでこのブログでは、出雲とは台与の居る処としてきました。
・下賀茂神社のすぐ近くには、出雲路という地名があります。
下賀茂神社=賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)で、賀茂建角身命=八咫烏=スサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)を祀る神社です。
・枚岡神社神社は、東大阪市出雲町にあります。奈良の春日大社は、枚岡神社のコピーです。島根県の杵築大社(出雲大社)は出雲大神宮のコピーです。
奈良県の 桜井市周辺には、「出雲」呼ばれる地がいくつもあります。
・出雲(いずも):国道165号線沿い(長谷寺方面)~十二柱神社が鎮座。野見宿禰の五輪塔があり、出雲人形の産地でもあります。境内には野見宿禰の五輪塔もあり、相撲神としての信仰も見られます。野見宿禰はウツシコオです。~第506話:野見宿禰と当麻蹴速は同一人物
・出雲屋敷:狭井川北方(三輪山の東麓)~地元伝承に残る地名。神官や荘官の居住地だった可能性があり、大神神社との関係が深い場所です。
・出雲荘(いずものしょう):桜井市江包・大西付近~興福寺領の荘園。
島根県の出雲は、古事記、日本書紀によって創作されたとしてきましたが、島根県に台与(美豆)が進出してきたことによって、島根県が出雲になったのです。
出雲は、「伊豆毛」と表記されていました。
長野県長野市豊野町豊野下伊豆毛(出雲村)があり、そこには伊豆毛神社があります。
この長野県長野市豊野町豊野下伊豆毛もスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)と台与に関係の深い場所であることは、第809話:邪馬台国と大河(2):千曲川:伊豆毛神社で書きました。
意宇郡(おうぐん)は、大化の改新の後に熊野大社・出雲大社の神郡として建てられた。
と意宇郡 - Wikipediaには、書いてありました。
藤原不比等が、オオナムチ=大穴持ちをヒントにして大国主なる神を創作し、そのことを本当のように思わせるために、わざわざ島根県に杵築大社(出雲大社)を創建したというのが私の持論です。~第799話:大国主と出雲の嘘 第1005話:出雲大神宮:丹波と邪馬台国(4)
関連項目:第603話:鉱物と邪馬台国(1)~出雲と鉄
:第674話:伊豆・出石・出雲
:第1018話:出雲風土記の嘘:語臣猪麻呂説話
:第1026話:軽は台与~軽の酒折池・軽井沢
これまでの記事はこちらです。
※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




遠賀郡の水巻町の隣は八幡ですが、京都の美豆の隣も八幡ですね。不思議すぎる~😄
神話の核心:出雲の「国引き」
まず、この神話の舞台となるのが、かの有名な『出雲風土記』です。ここには、最初に作られた出雲国が「狭布(さの)の稚国」、つまり小さすぎる失敗作だったと語られています。でも、そこで諦めるわけにはいきませんよね?そこで登場するのが、八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)という、なんとも力強い神様です。
偉大なる水の主、淤美豆奴神(オミヅヌ)
八束水臣津野命は、別名を淤美豆奴神(オミヅヌ)とも呼ばれるそうです。この名前に「水」という字が入っていることからもわかるように、水にまつわる神様だと考えられています。漢字を分解すると、「淤」は「大」、「美豆」は「水」、「奴」は「主」を意味するらしく、まさに「偉大な水の主」。なんだか、力強く、そして神秘的な響きですよね。
この神様が、遠くの国々から、まるで綱を引くかのように土地を引き寄せ、今の島根県にあたる「狭布の稚国」に縫い合わせたというのですから、そのスケールの大きさに驚かされます。想像してみてください。遥か彼方の土地が、神の力で引き寄せられ、一つの国を形作っていく様を。まさに、地球が創られていく、そんなダイナミックな光景が目に浮かびませんか?
「美豆」と「台与」への繋がり?
さらに興味深いのは、「美豆」という言葉が、水だけでなく、地名「軽」とも関連し、そしてなんと、あの台与(とよ)のことではないか、という説もあるんです。もしこれが本当なら、この「国引き神話」は、単なる創世神話にとどまらず、邪馬台国の女王・台与の時代へと繋がる、非常に重要な歴史的背景を示唆しているのかもしれません。古代史のロマンが、さらに深まっていくのを感じませんか?
<台与シリーズ>
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衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!
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金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ 大宜都比売(おおげつひめ)は台与
倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ?? 神八耳命は台与(豊)
饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 台与は饒速日②~交野市倉治
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