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甲斐国湖水伝説:曳舟神事

  • tootake
  • 1 時間前
  • 読了時間: 6分

第1089話


第339話:丹の湖~亀岡盆地は湖だった!!では、亀岡は湖だったという記事を書きました。なんと山梨県にも同じような伝説があるのです。


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太古の甲府盆地は湖であったともいふ。二代綏靖天皇の御代に、向山土本毘古王(むこうやまとほひこおう)*が甲斐国を訪れ、鰍沢(かじかざは)の南の山を足で蹴って切り開き、湖水を富士川に落して、広大な平地を得て国造りをしたといふ。のちに王の葬られた地にまつられたのが佐久大明神で、蹴裂大明神ともいひ、今の東八代郡中道町上向山の佐久神社のことである。


甲府盆地が湖だったといふのは、甲斐地方に広く伝はる伝説である。地蔵菩薩の発案で蹴裂明神らが切り開いたともいひ、甲府市の稲積神社では、四道将軍の一人武淳川別(たけぬなかわ)*が切り開いたとする。甲府市の穴切大神社では、大己貴命に祈願して、和銅年中に国司以下、多数の人々の力で土木工事をして切り開いたといふ。韮崎市旭町の穂見神社の伝説では、大洪水で甲府盆地が湖水と化したとき、鳳凰山に住む大唐仙人が、蹴裂明神*と力をあはせて山を切り開いたとされ、この里の山代王子が新しい土地を開墾して米作りの道を教へたといふ。また蹴裂明神とは安曇氏の祖神の日金拆命で、治水の神だともいふ。

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武淳川別は台代です。~第567話:綏靖天皇(第2代天皇)

*蹴裂明神は、向山土本毘古王(むこうやまとほひこおう)=台与です。

*安曇氏の祖神の日金拆命は台与の父親であるウツシコオ(内色許男命)スサノオ(津田の王=難升米です。

第361話:宇都志国玉神と宇都志日金拆命では、佐久郡の地名由来として、宇都志日金拆命(ウツシコオ)が開拓したので「拆(サク)」となったと書いています。

第834話:穂高・佐久・上高地:地名の由来でも、なぜ海人族である安曇氏が山国の安曇野に入植したのかについて述べました。


山梨県甲府市にある穴切大神社(あなぎりだいじんじゃ)は、その由緒にこの神社の目前まで湖があり、船を曳いて奉遷したというのです。


穴切大神社の鎮座地は甲府盆地北部に位置する甲府市中心域の西端、市域西部を南北に流れる相川左岸に位置し、祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなびこなのみこと)、素戔鳴命(すさのおのみこと)の3柱です。近世期迄は専ら「穴切明神」と呼ばれていたので、湖水伝説との関係からも当初の祭神は穴切明神か或いは蹴裂明神ではないかという説もあります。


南アルプス市下宮地にあるの神部神社にも同様の言い伝えがあります。

神部神社は、「三輪神社」ともいい、三世紀後半、奈良の大三輪神社から神様をこの地に遷し神社を創建したそうです。創建当時は甲斐の国は湖水で三輪明神様と使いの方が舟に乗ってきた言い伝えがあり、神部神社には、「船祭」「曳舟祭」と呼ばれる神事が残っています。

三輪明神様は台代です。~第653話:大神神社(16)~大物主は台与!!


「曳舟神事」は水のないところで舟を曳くということで全国的にも珍しい神事です

舟にのって祭神である大物主命を奉遷したとされたとも云われています。

穴切大神社の祭神の大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなびこなのみこと)、

は台与であることは、このブログで何度も述べています。


曳舟神事は滋賀県の建部大社でも行われています。

建部大社の曳舟神事(船幸祭)は、毎年8月17日に行われ、神輿を御座船に載せて瀬田川を

下り黒津浜で祭儀を行い、夜は松明や花火で還御する伝統的な水上祭礼です。 

祭礼は日本武尊の東征での海路伝承を再現するとされ、琵琶湖・瀬田川の水を敬い、海上安全・豊漁・地域の安寧を祈る行事です。


前回:青葉山松尾寺:投馬国と邪馬台国:では天日槍*が瀬戸内海→淀川→宇治川→近江へ遡ったという記事があり、宇治から、瀬田川を遡って琵琶湖に行ったことを書きました。


琵琶湖から唯一流れ出る川が瀬田川です。第1045話:世田谷と瀬田では、瀬田には古いお寺や神社がたくさんあります。と書いています。瀬田・瀬田川は重要な古代(邪馬台国時代)の重要な交通の拠点だったのです。


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甲斐の国( 山梨県)と私が邪馬台国とする大阪府枚方市の関連については、第757話:甲斐国と甲斐田(枚方)で書きました。その他、甲斐の国についていくつも記事を書いています。

第1015話:甲斐の磯部


第1014話:甲斐国と邪馬台国では、日本武尊(ヤマトタケル)が甲斐国に行ったことを書いています。建部大社は、近江一之宮で祭神は日本武尊(ヤマトタケル)です。ヤマトタケルは台与 です。


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甲斐の国の曳舟神事は、滋賀県大津市の建部大社の曳舟神事を引き継いだものと考えられます。瀬田川を遡る際に台与の乗った船を枚方・宇治から琵琶湖までひっぱった台与の配下の者たちは甲斐の国にも台与とともに移動したのです。


これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>








 
 
 

1件のコメント

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
1時間前
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