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崇神天皇と租庸調

  • tootake
  • 5 時間前
  • 読了時間: 6分

第1094話


茨城県常陸太田*市に長幡部神社(ながはたべじんじゃ)があります。

祭神は綺日女命 (かむはたひめのみこと)、多弖命 (たてのみこと)の2柱で、常陸国風土記に記される長幡部一族の祖神です。


長幡とは絹織物の一種・絁(あしぎぬ)を指す言葉で、「長幡部」とはそれを織る技術者集団を表します。長幡部氏は、渡来系氏族と思われ、新撰姓氏録の阿智王条*では、長幡部の祖は帰化した「七姓漢人」のうち皀(こう)姓で、末裔に佐波多村主(さはたのすぐり)がいると書いてあります。*阿智氏は、阿智氏は、台与の一族のことです。


常陸国風土記では、久慈郡について、「瓊瓊杵尊*が天降った際、御料衣を織るために付き従って天降った綺日女命は、美麻貴天皇*の御代になって長幡部氏の遠祖・多弖命は機織屋を建築し織物を織った。長幡部神社の祭神綺日女命からの御調として朝廷に献上している。」とあります。*瓊瓊杵尊(ニニギ)は台与です。~第436話:瓊瓊杵尊:ニニギは台与


*美麻貴天皇(ミマキ天皇)とは、ミマキイリヒコ(御牧入彦)=崇神天皇、つまり台与のことです。このブログは、第1話:邪馬台国はミマキ国 ~枚方で書いたようにミマキ国(御牧国)=大阪府枚方市牧野が邪馬台国であることことからスタートしています。


ところで、今回、問題としたいのは、租調庸(そちょうよう)と、崇神天皇=台与の関係です。


租調庸は、大化改新(646)、大宝律令(701)によって整備された律令国家の税制度です。

租調庸の成立背景は、戸籍・計帳による人民把握が必要で、「租調庸が成立する前段階として必要だった国家の中央集権化」には、崇神天皇が深く関わっていると思われます。

租調庸は、律令以前の段階で徐々に形成されていきますが、古事記、日本書紀がその起源として描くのが崇神天皇期です。

古事記、日本書紀の崇神記には、以下のような「国家の基礎構造の整備」が語られます。

  • 国造・県主の配置(地方支配の体系化)

  • 戸口調査(戸籍の原型)

  • 祭祀の分離(天皇祭祀と大物主祭祀の分離)

  • 軍事的統合(四道将軍の派遣)


租調庸は戸籍・計帳が必須ですが、崇神記には 「民の数が増え、国中に疫病が流行したため、戸口を調べた」  という記述があります。

租庸調は国司・郡司が徴税を担いますが、崇神記では 国造・県主の配置による地方支配の開始が語られます。

崇神天皇は、即位12年、戸口を調査して初めて課役を課した。この偉業をもって御肇国天皇(はつくにしらすすめらみこと)と称えられています。


冒頭で書いた、長幡とは絹織物の一種・絁(あしぎぬ)を指す言葉です。そして

長幡部神社の祭神綺日女命は御調として朝廷に献上しています。

この御調が、租庸調の調です。調については、第749話:出羽三山(2)~月山・月(調)と兎 第897話:月読命(ツクヨミ)の正体(1):秦氏 第898話:ツキヨミの正体(2):壱岐・対馬で、ツクヨミの月は調(つき)です。税金として国に治める(調)→調(つき)→月という連想です。日本で税を定めたのは崇神天皇です。崇神天皇は台与です。と書いています。


庸は、正丁(21歳から60歳の男性)・次丁(61歳以上の男性)へ賦課されていました。元来は、京へ上って労役が課せられるとされていました(歳役)。つまり各地から労働者を募っていたのです。このブログでは、土工事人については、第824話:穴太寺と穴太衆=土蜘蛛 第828話:久伊豆神社:関東武士は土蜘蛛!では、土蜘蛛は台与の配下の土木工事の労働者の事であるとしています。

神武天皇や、景行天皇は各地で土蜘蛛を退治しています。


第800話:大八島国と土蜘蛛では、「土蜘蛛は土木工事の労働者だったのではないのでしょうか。秦一族(台与)の土木工事を実際に行ってたのは土蜘蛛だったと思われます。」と書きました。第954話:神夏磯媛と田油津媛では、田油津媛は、土蜘蛛のリーダーで神夏磯媛の子孫とされています。


庸とは、土蜘蛛の退治=河川改修工事、各地の道夫整備などの労働者の確保が元とになって作られた制度だと思いました。


古事記にはミマキ天皇は天下を統一して平和で人民が豊かで幸せに暮らすことが出来るようになり、その御世を称えて初めて国を治めた御真木天皇「所知初国之御真木天皇」と謂うとあります。


崇神天皇は、御肇国天皇(はつくにしらすすめらみこと)で神武天皇は、始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)です。つまり、神武天皇=崇神天皇=台与ということです。


租は、口分田1段につき2束2把とされ、これは収穫量の3 %から10 %分に相当したとあります。こうして台与の治める邪馬台国豊かになり、豊富な財源と労働力を得た邪馬台国(大和朝廷)は各地に前方後円墳を築いていくのです。


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<蛇足の追記>

茨城県常陸太田とは、このブログで何度も書いている呉の勝(すぐり)=ウツシコオ・台与の一族の拠点地です。第924話:秦氏の研究では、呉の勝=安曇族=卜部氏=中臣氏=物部氏=秦氏=ウツシコオ(内色許男命)スサノオ・台与の一族=邪馬台国としています。


第1090話:甲斐国と丹波:橋立明神では、甲府市に太田という地名があることは、この地にウツシコオ(内色許男命)・台与が居たということです。と書きました。


<茨城県と邪馬台国>


これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>







 
 
 

3件のコメント

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
3時間前
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7世紀末、文武天皇元年(697年)以前のいずれかの年になされた越国こしのくに)の磐船(いわふね)・渟足(ぬたり)の二郡の分割によって成立した。当初の領域は、現在の新潟県本州部分の北部(阿賀野川以北か)から山形県庄内、秋田県方面で、日本海側で蝦夷の領域に接する辺境国であった。

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
5時間前
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皆さん、こんにちは!日頃から「地名から読み解く邪馬台国」を読んでいただきありがとうございます。今日は茨城県の常陸太田市にある「長幡部神社」から見える、驚きの歴史の断面についてお話ししますね。

長幡部神社と渡来系氏族の系譜

この神社に祀られているのは、綺日女命と多弖命です。実は、これらが「絹を織る技術者集団」と深く関わっていることをご存知でしょうか。常陸国風土記には、彼らが朝廷へ織物を献上していた記録が残されています。

さらに驚くべきは、ミマキ天皇(崇神天皇)の時代との接点です。私のブログで提唱している「ミマキ国=邪馬台国」という視点で見ると、この機織りの技術が当時の税制「租庸調」といかに結びつくのか、面白い考察ができるんです。

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
5時間前
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<台与シリーズ>

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