筒城宮と水尾神社と上御殿遺跡
- tootake
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更新日:22 時間前
第1119話 #磐之媛 #磐衝別命 #健磐龍命 #上御殿遺跡
筒城宮 (つつきのみや) は継体天皇、及び仁徳天皇皇后である磐之媛命(いわのひめ)が営んだとされる宮です。継体天皇=仁徳天皇は台与です。~第582話:仁徳天皇(第16代)と大仙陵古墳 継体天皇はトヨ(台与)??! 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社
磐之媛命は、日本書紀によると嫉妬深い女性のようです。磐之媛が紀国に遊行している間に仁徳天皇は八田皇女を皇后にしてしまいます。そのことに激昂した磐之媛は、難波宮に帰らず筒城宮に宮を営んだとされています。その後、継体天皇は河内国樟葉宮で即位した後、この筒城宮に遷都し、7年間過ごしたことになっています。
同志社大学の京田辺キャンパスに筒城宮址がありますが、この場所に筒城宮があったという証拠は何一つありません。同志社大学京田辺キャンパス周辺は 多々羅小字都谷という地名で「都谷」に「都」という文字だけが、「筒城宮」の推定地とする説はこれを根拠にしています。
磐之媛命(いわのひめ)に似た名前の磐衝別命 (いわつくわけのみこと)がいます
第11代垂仁天皇皇子で、古事記、日本書紀、では三尾君(三尾氏)・羽咋君(羽咋氏)の祖とされています。第451話: 磐衝別命と健磐龍命
滋賀県高島市拝戸(はいど)に水尾神社(みおじんじゃ)があります。
祭神は磐衝別命 (いわつくわけのみこと)です。
他に、比咩神 (ひめがみ)も祀られていて、この比咩神は、継体天皇の母の振媛を指すとされています。
水尾神社の祭神に関しては、かつて猿田彦命・天鈿女命の2柱とする説がありましたが、三尾君の祖神を祀る神社であるとして現在は磐衝別命・比咩神の2柱が祭神に定められています。
*猿田彦はウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)=難升米です。~第596話:彦狭知の物語8~猿田彦
*天鈿女命(アメノウズメ)は台与です。
磐衝別命は猿田彦命の天成神道を学ぶために猿田彦命を祀る当地に来住したといいます。
社伝によると、応神天皇の皇子・速総別王も天成神道を学ぶため当地に来たというます。
この速総別王この4世孫とされるのが彦主人王です。
彦主人王は、振姫を妃に迎え生まれたのが継体天皇です。
第385話:継体天皇の父はウツシコオでは、継体天皇の父は汗斯王(彦主人王)とされています。彦主人王は台与の父親である(内色許男命)=スサノオ(津田の王)です。と書きました。
水尾神社の近くに、上御殿(かみごてん)遺跡があります。滋賀県高島市安曇川町田中
弥生時代後期末から古墳時代前期にかけて(2世紀後半~3世紀前半)の鍛冶炉を有する竪穴建物跡が見つかっています。最古級の鍛冶工房跡と考えられ、湖西でも早い段階から金属器を生産していたことが明らかになっています。
湖南の土器や湖東の石材で作られた砥石(といし)、丹後・若狭地域の土器も出土し、女王・卑弥呼が活躍した2世紀末~3世紀中頃の邪馬台国時代に琵琶湖と日本海をつなぐ交流拠点だったことを裏付ける成果が得られています。
平成25年には、中国・華北や内モンゴルに分布するオルドス式短剣に酷似した双環柄頭(そうかんつかがしら)短剣の鋳型(紀元前4世紀~紀元3世紀)が出土。国内に出土例がなく、日本海を介して中国大陸と交易していた可能性が指摘されています。
弥生時代中期から古墳時代初頭のいずれかの時期から石製の鋳型が出土しています。
類例のない注目すべき遺物とされ、鋳型に彫り込まれた双環柄頭短剣は、中国北方地域のオルドス式銅剣を意識しながら、日本列島の青銅器の文様などを取り入れたもので、技法にも在地にある技術が取り込まれています。
天成神道とは、猿田彦命(さるたひこのみこと)が伝えたとされる根源的な神道の教えや道とされていますが、具体的なことは、何もありません。
磐衝別命や速総別王は猿田彦命の天成神道を学ぶために水尾神社に来たということは、上御殿遺跡の鍛冶工房の技術を学びに来たということだと思われます。
滋賀の水尾神社と山城の筒城宮は、ともに継体天皇にゆかりの地です。
筒城宮があったと思われる多々羅小字都谷のすぐ近くに飯岡という地があります。
この飯岡には「朱大王」という皇族の墓と伝わる古墳があります。この墓の主は継体天皇のひ孫にあたるという系譜が伝わっており、三国氏の始祖とされています。
三国命(みくにのみこと)は、「上宮記」逸文に記される日本古代の5世紀頃の豪族です。
継体天皇の母親の振媛が親族のいない土地での養育の難しさを考えて、直系尊属である三国命のいる高向の村(現在の福井県坂井市丸岡町)に帰ったと伝えられています。
三国氏の祖は椀子皇子(まるこ)であると継体紀、日本書紀にあります。
第904話:丸岡と継体天皇~福井県坂井市では椀子皇子は台与としました。
継体天皇の母・振媛は三尾氏とされています。
三尾氏は、古墳時代から飛鳥時代にかけて近江国高島郡(現在の滋賀県高島市)などを本拠地とした古代豪族です。三尾氏は後世まったく姿を消してしまいますが、三尾氏が三国氏と名称を変えて存続していったと考えられます。三尾君(=三尾氏)と三国命(=三国氏)は古代史料と地名証拠から「同族ないし密接な関係が想定される」が、史料の断片性と地域差から確定はできません。
これらのことから、筒城宮に住んだとされる磐之媛命=水尾神社の祭神:磐衝別命 (いわつくわけのみこと)は台与と思われます。
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<蛇足の追記>
大阪にも「三国」と地名があります。大阪市淀川区の地域名です。「三国」の由来には、いくつかの説があり、最も一般的な説は、摂津国、河内国、和泉国の三つの国(大阪府北部、東部、南部)に接していた川が「三国川」と呼ばれたというものです。
「三国」は「御国」とも表記されることから、「三国」は台与が統治していた地であると思います。
<筒城宮周辺の記事>
第331話:朱智神社~迦邇米雷王 朱智神社は、京都府京田辺市天王高ケ峰
第599話:彦狭知の物語(11)~椿井大塚山古墳
第606話:鉱物資源と邪馬台国(4)~椿井大塚山古墳
椿井大塚山古墳は京都府木津川市山城町にあります。この地は前回:彦狭知の物語9~素戔嗚(スサノオ)で書いた京都府京田辺市天王のすぐ近くです。このあたりは、私が邪馬台国であるとする枚方・交野市に近く、邪馬台国の重要な輸送手段である木津川にも近い地にあります。~第16話:木津川は高速道路
狗奴(くに)国ではないかと思われる恭仁(くに)京もこの近くです。~山背国相楽郡(現在の京都府木津川市加茂地区)~第366話:狗奴国と女王国
これまでの記事はこちらです。
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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。
・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。
※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。
~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。
記紀の登場人物をスサノオ(津田の王)=ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。
※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。
神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、
アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)
聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)
※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。
※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。
・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。
<目次>




<大阪と邪馬台国>
大阪と邪馬台国:苅田(かりた)
大阪と邪馬台国:諏訪(大阪市城東区)
大阪と邪馬台国:丹比(たじひ) 蝮(たぢひ):丹比郡~反正天皇
大阪と邪馬台国:我孫子(あびこ)
大阪と邪馬台国:大桐(だいどう)・豊里
大阪と邪馬台国:姫島~大阪市西淀川区
大阪と邪馬台国:正雀(摂津市・吹田市)
大阪と邪馬台国:猪飼野
大阪と邪馬台国:鶴橋・小橋
大阪と邪馬台国:都島・うちんだい
隋書(7世紀)倭国伝
ここで「邪靡堆(やまい)」を「邪馬台」と同一視しています。
大阪府神社庁第三支部 加茂健豆美命神社-かもたけずみのみことじんじゃ-
<台与シリーズ>
hidemaru3375.com/post/天鈿売命(うずめ)は台与(豊)
https://www.hidemaru3375.com/post/かぐや姫は、台与(とよ)
https://www.hidemaru3375.com/post/磐井の乱と台与
https://www.hidemaru3375.com/post/豊受姫(豊受大神)は崇神天皇
https://www.hidemaru3375.com/post/火明命は饒速日なのか??
https://www.hidemaru3375.com/post/豊鍬入姫命-日光と男体山・女峰山
hidemaru3375.com/post/台与と秦氏 敏達天皇は台与(豊)
衣通姫(そとおりひめ)は台与(豊) 雄略天皇は台与(豊)!
孝昭天皇は台与:日原は目原 飯豊王女は台与(トヨ)なのか?
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(2)大原足尼命はトヨ 大宜都比売(おおげつひめ)は台与
倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトモモソ姫)はトヨ?? 神八耳命は台与(豊)
饒速日(ニギハヤヒ)は台与①~稲作 台与は饒速日②~交野市倉治
小楯姫は台与:小楯は枚方 四道将軍:日子坐王は台与!
少彦名大神(スクナヒコ)は台与! 大彦は台与!??
ウマシマジは台与! 阿蘇都媛は台与
沼河比売は小楯姫=台与 タケミカヅチは台与!!
ヤマトタケルは台与 瓊瓊杵尊:ニニギは台与
継体天皇はトヨ(台与)??! 継体天皇は台与2~大々杼郷:楯原神社
継体天皇は台与3~田井(寝屋川市) 英彦山と台与