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五十迹手(イトデ)と伊都国

  • tootake
  • 23 分前
  • 読了時間: 6分

第955話


前回:神夏磯媛と田油津媛で書いた神夏磯媛は、神武天皇に降伏し、田油津媛は、神功皇后に殺されました。もう一人、神功皇后に降伏した人物がいます。それが五十迹手(いとで)です。日本書紀では、三人ともに九州の人物として書かれています。


五十迹手は、日本書紀に記載される人物で、筑紫の伊都県主の祖とされています。仲哀天皇8年に筑紫に行幸した天皇を出迎え、伊蘇志(いそし)の名を与えられました。これがなまって伊覩(いと)になったとされています。五十迹手は、天皇の来訪を知り、五百枝賢木を抜き取り、船の舳に立て、上枝には八尺瓊を掛け、中枝には白銅鏡を掛け、下枝には十握剣を掛け、穴門の引嶋に迎えました。この出来事が、伊覩の地名の由来となったとされています。


筑前国風土記逸文では、「五十迹手(いとで)奏ししく、高麗の国の意呂山に、天より降り来し日桙の苗裔、五十迹手是なり。」「天皇、即ち五十迹手を美めたまいて伊蘇志(いそし)と曰う。故れ、時の人五十迹手が本土を号けて伊蘇(いそ)国と曰う。伊覩(いと)と謂うは訛れるなり」と紹介されており、天日槍の子孫が伊蘇国と名づけ、それが訛って、伊都国になったといわれています。


福岡県糸島市の高祖山の麓には高祖神社( たかすじんじゃ)があります。この神社には、五十迹手伝承があります。この神社は怡土県主を祀る神社です。福岡県神社誌によれば、当社の創立の起源ははっきりしないが、怡土県(いとのあがた)の鎮土の社として上代から鎮座していて、怡土県主の崇敬が厚かったことがはっきりしています。


この伊覩の国は、福岡県糸島郡で古代の伊都国のこととされています。しかし、本来の伊都国は、和歌山県伊都郡なのです。この和歌山県伊都郡には、弘法大師の高野山(和歌山県伊都郡高野町高野山)丹生都比売神社神社(和歌山県伊都郡かつらぎ町上天野)があります。

丹生都比売・弘法大師(空海)と台与の関係については、以前に書いています。

第788話:空海と秦氏 第789話:空海(2):阿刀氏

第792話:空海(5):天才 第793話:空海(6):虚空菩薩


伊太祁曽神社(和歌山県和歌山市伊太祈曽)の祭神は、五十猛です。

五十猛は、イタケル、伊太祁曽(イタキソ)、イトテなどとも呼ばれています。

五十迹手(いとで)=五十猛です。

五十の付く記紀の中の人物は、台与(豊)です。

・五十鈴姫(ホトタタライスケ依姫)は台与(豊)です。

五十瓊敷皇子(印色入日子命)~日置氏と製鉄と台与(豊)~枚方市招堤

・五十狭芹彦命(いさぜりひこ‐の‐みこと)は日本書紀で、孝霊天皇の皇子。吉備津彦命(桃太郎)

・五十迹手(いそとて:イタテ)

・イツツヒコ(五十彦:彦五十瀬)~倭人と韓人 イツツヒコ・イソタケル・イタテ


伊都国(いとこく)は、魏志倭人伝など中国の史書にみえる倭国内の国の一つです。末廬国から陸を東南に500里進んだ地に所在するとされ、大和時代の伊覩縣(いとのあがた)、現在の福岡県糸島市の一部と福岡市西区の一部(旧怡土郡)に比定されています。

魏志倭人伝では、「伊都国に着く。代々王がいるが、みな女王国に属している。帯方郡使が来るときは必ずここに滞在する。」、また「女王国より北には、一大率(邪馬台国から派遣された軍の総司令官的な役職)という指令官を置いて、諸国を監視させている。諸国は指令官を大変恐れけむたがっている。一大率は伊都国にいる。」と記載されています。

また、魏志倭人伝には次のようにかいてあります。


東南陸行五百里到伊都國 官日爾支 副日泄謨觚柄渠觚

  有千餘戸 丗有王 皆統屬女王國 郡使往来常所駐

「東南に陸行すること五百里にして伊都国に到る。官は爾支と曰ひ、副は泄謨觚、柄渠觚と曰ふ。千余戸有り。世、王有りて、皆、女王国に統属す。郡使往来し常に駐する所なり。」


この女王国とは、台与の国(豊国:豊前・豊後)のことではないでしょうか、

実は、魏志倭人伝を書いたとされる張政と台与(豊=女王)とは、仲が良かったようなのです。魏志倭人伝には次のよう書いてあります。


卑弥呼死後に男の王が立つが国がまとまらず、お互いに衝突して殺し合って、その死者は千余人にのぼった。そこで卑弥呼の宗女であった台与が十三才で女王に立てられるとやっと国がまとまった。張政は激を以って台与に告諭して、台与は倭の大夫の率善中郎将の掖邪狗(えきやく)等、二十人を派遣して張政を魏に帰還させた。


一説では、黄幢を渡した時、魏の崩壊の前後であるため、台与の使者が贈った品々を晋王に献上させて張政自身の保身を図ったと考えられるとされています。日本書紀:神功皇后紀には、266年頃に晋に朝貢した女王がいたことが記されています。


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<蛇足の追記>

「伊都国に到る。官は爾支と曰ひ、、、」の「爾支」とは「にき・ニギ」で饒速日(ニギハヤヒ)だという説もあります。饒速日は台与です。



    :第739話:イタケルは台与(4)~伊都国


これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、フツヌシとタケミカズチ、神功皇后 武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>








 
 
 

1件のコメント

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tootake
19分前
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