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佐渡の長谷寺

tootake
6 日前
読了時間: 5分

更新日:6 日前

第1196話   #度津神社 #長谷寺 #行基


先日、ぼんやりテレビを見ていたら、佐渡島の長谷寺が映っていました。


佐渡にも長谷寺(はせ寺)があるんだと思っていたら、長谷寺(はせ寺)ではなく「ちょうこくじ」というのだそうです。長谷寺(ちょうこくじ)は、新潟県佐渡市長谷にある真言宗豊山派の寺院です。


調べてみると、長谷寺は(ちょうこくじ)は、天平年中( 729 年)の行基が、当嶺に登って供養修禅をした所で、「平城天皇の大同 2 年( 807 年)弘法大師の創肇なり」と古伝縁起に記されています。


行基、空海と言えば台与です。行基、空海の伝説が台与の行く先々に現れるということはこのブログで、何度も何度も書いています。

*空海(弘法大師)~第900話:川崎大師:大師は太子!? 第901話:弘法大師(空海)の伝説の真相

*行基~行基は台与を手本として日本各地で治水工事・稲作推進を行ったのです。~野崎観音(第630話)・嵐山(第629話) 大阪と邪馬台国:美木多(堺市南区)


長谷寺(はせ寺)は台与と関係の深い寺院です。第666話:元伊勢(13)~長谷寺・與喜天満宮では、泊瀬(はせ)の地を補陀落山に見立て、小泊瀬の険しい崖に懸崖造りのお堂を建て、自然湧出に見立てた盤石に観音を安置しています。


度津神社(わたつじんじゃ)は、新潟県佐渡市羽茂飯岡にあります。佐渡国一宮です。

祭神は、五十猛命です。 佐渡一ノ宮度津神社参拝の栞によれば、五十猛命(イタケル)は木材による家屋・舟・車の築造技術を盛んにし、また造船のほか航海術に秀で車の普及に当たったことから、海上・陸上の交通安全の守護神として崇敬されています。


五十猛命(イタケル)は台与であることもこのブログでは、何度も書いています。


そして佐渡と言えば「金」です。

台与と「金」についても、これまでに多くを書きました。


宇佐を含む大分県の北部は金の鉱床の密集地です。近隣の杵築市、中津市にかけて金山が集中しています。これらの金山の炭鉱掘は戦国時代から江戸時代にかけてですが、金と朱(水銀)の鉱床が重なるのはよくあることなのです。菱刈鉱山(鹿児島県伊佐市)も朱の鉱床と重なっています。温泉で有名な別府市の別府金山も朱が産出します。

・第857話:石山寺:石(岩)と金

三重県熊野市紀和町板屋に紀州鉱山選鉱場跡がありますが、近くに神社はありません。

つまり、熊野信仰は、自然崇拝だけでなくウツシコオ(内色許男命)=スサノオ(津田の王)=難升米・台与の親子が三重県の熊野市紀和町では紀州鉱山を求めて熊野にやって来たこととも関連してしています。邪馬台国前史~熊野と金

第941話:坂上田村麻呂と金

・田村麻呂個人が「金を求めた」という直接的記述は史料にありません。しかし、彼が派遣されたとされる岩手南部〜宮城北部は、まさに当時の主要産金地帯です。

第476話:金華山と百済王敬福では、次のように書いています。

金華山の名はこの金花(華)「くがね咲く」から来ています。

そして黄金を発見したのは百済王:敬福配下の百済系鉱山師ではないかとも言われています。また、産出した金を朝廷に献上したのも百済王:敬福です。


これらのことにより、台与は金(鉱物)をもとめて佐渡島に来たのだと思われます。


今昔物語集に「能登の国の鉄を掘る者、佐渡の国に行きて金を掘る語」という段があり、伝聞の収録という形ながら佐渡で金が採れることに言及されています。今昔物語集の成立年代と推定される11世紀後半には、少なくとも砂金等の形で佐渡で金が産出することは知られていたようですの台与の時代(邪馬台国の時代)にも知られていた可能性はあります。


第1159話:徳道上人は台与!では、「徳道は鎌倉の長谷寺を建立したといいます。」と書いており、徳道上人は台与モデルに創作された人物であるとしました。ということも佐渡島の長谷寺も、台与→徳道→長谷寺という連想で、台与が佐渡島にいたからこそ佐渡島に長谷寺が建てられたのだと思います。


ちなみに空海(弘法大師)が佐渡島に行ったという信頼できる資料は一切ありません。

一次史料(続日本後紀など)および空海自身の著作(性霊集、三教指』)を基礎にした研究では、空海の確実な行動範囲は以下に限定されます。

  • 近畿(奈良・京都・和歌山)

  • 四国(讃岐・阿波・土佐・伊予)

  • 九州(入唐・帰国時の太宰府滞在)

これらは一次史料で裏付けられています。 しかし、東日本(北陸・東北・関東)へ行った記録は存在しないと明確に指摘されています。



関連項目:第666話:元伊勢(13)~長谷寺・與喜天満宮


これまでの記事はこちらです。


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※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>




 
 
 

2件のコメント

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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
6日前
5つ星のうち5と評価されています。

このシリーズは 「歴史学の通常の検証方法を意識的に枠外に置き、 独自の座標軸と地名連鎖で古代像をゼロから再構成する試み」   として読むべきものだと思う。

その前提に立つと、この「佐渡の長谷寺」ページは、

  • 台与シリーズ全体のロジックを忠実に踏襲した

  • かなり完成度の高い「一話分のモジュール」 として評価できる。

佐渡の長谷寺・度津神社・金山・行基・空海・五十猛命を 「台与=ウツシコオ」コンビの足跡として 地名と機能(鉱山・造船・交通・信仰)で連結する試み。

具体的には:

  • 長谷寺(行基・空海)=台与の痕跡

  • 度津神社(五十猛命)=台与の別名

  • 佐渡の金山=台与が求めた鉱物資源

  • 今昔物語の「佐渡の金」=台与期まで遡る可能性

  • 徳道上人=台与モデルの人物 → 長谷寺建立と接続

という「連鎖」を一話に凝縮している。


このページ単体ではなく、 シリーズ内部の論理体系で評価すると、長所がはっきりする。

  • 台与=五十猛命=鉱山・造船・交通の守護者

  • 台与=行基・空海の原型的宗教者

  • 台与=徳道上人モデル

  • 台与=金を求めて各地を移動する存在

という「台与像の拡張」が、 過去の話数へのリンク(話番号・関連記事)で きちんとネットワーク化されている。

つまり、

  • シリーズ内の自己整合性は高い

  • 「矛盾が出たら次の記事のネタにする」という自己言及も含めて、 一つの「物語宇宙」としてよく設計されている。


あなたの視点から見ると、ここが一番おもしろいところだと思う。

  • 佐渡=金山=鉱物資源

  • 度津神社=五十猛命=造船・交通・木材技術

  • 長谷寺=行基・空海=補陀落・観音信仰

これらを「台与の移動ルート」として束ねる発想は、

  • 地名

  • 資源

  • 技術

  • 信仰

  • 交通

を一つの座標系で見ようとする点で、 あなたの研究テーマと構造的には近い。

違うのは、

  • あなたは一次史料・年代・考古・氏族系譜で検証する

  • このページは「連想と物語連鎖」で一気に結びつける

という方法論のレベル。

  • 物語生成の事例としての価値:かなり高い

    • 周縁地域(佐渡)が「台与」という中心象徴を取り込むプロセス

    • 地名・資源・寺社・人物を「一つの物語軸」で再編するやり方

    • 台与像の現代的拡張の典型例

  • シリーズの「駆動核」としての純度:高い

    • まさにあなたが言った 「歴史学の通常の検証方法を枠外に置き、 独自の座標軸と地名連鎖で古代像をゼロから組み立てる」 という姿勢が、この一話にも濃縮されている。


このページは、 「信じる対象」ではなく「観察する対象」として価値がある   という位置づけが一番しっくりくる。

  • 佐渡の長谷寺・度津神社・金山の 本来の歴史的成立を、あなたの方法で再構成する

  • そのうえで、 なぜそれらが「台与の足跡」として再物語化されるのか   を分析する

そうすると、

  • 周縁地域の自己物語化

  • 巫女王像の現代的再生産

  • 地名連鎖による神話的再構成

という、あなたの大きなテーマに このページがきれいに組み込まれてくる。

一言でまとめるなら:

「現代の台与神話生成の一事例」として 非常に興味深いページ。

編集済み
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秀丸 遠嶽
秀丸 遠嶽
6日前
5つ星のうち5と評価されています。

<台与シリーズ>

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