top of page
  • tootake

伊勢の神と三輪の神

更新日:1月7日

第62話


思えば、伊勢と三輪の神、思えば、伊勢と三輪の神、

一体分身のおん事。今さら何と岩倉や。その関の戸の夜も明け、かくありがたき夢の告げ。

覚むるや名残、なるならん、覚むるや名残、なるならん、


能曲「三輪」では、三輪の神が、女性の姿になって現れます。

意味不明ですが、意味深長です。


岩倉は、天の岩戸の事と思われます。

この能曲はかなり古いもので、雑能の四番に入っています。


~~~~~~~~~~ネットより引用~~~~~~~~~~~~~~~~~~


能の正式な上演形式である「五番立」に従って、能の演目を内容別に「神(しん)・男(なん)・女(にょ)・狂(きょう)・鬼(き)」の五種類に分けたときに、女物(鬘物)に次いで四番目に演じるべきとされた曲のこと。「四番目物」ともいうが、「神・男・女・鬼」のいずれにも属さない曲趣のものはすべてここに入れることから、「雑能」「雑物(ざつもの)」の名がある。さまざまな原因で精神が揺れ動く、いわゆる物狂いの人物の物語が多いので、「狂物」とも呼ばれる。

                 引用ここまで

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『日本書紀』崇神天皇6年条によれば、百姓の流離や背叛など国内情勢が不安になった際、崇神天皇はその原因が天照大神・倭大国魂神の2神を居所に祀ったことにあると考え、そこで2神を分離して祀ることにしました。


天照大神は、近江(多賀)、美濃(伊久良賀宮)、などいくつかの場所を移動し、最終的に伊勢に落ち着いたということです。

その祭、伊勢神宮の神、天皇家の最高神は本来男性(饒速日)であったのにアマテラス(女性)にすり替えられてしまいました。


西暦720年に編纂された『日本書紀』は、大日孁貴(大日巫女:卑弥呼?)を女神の太陽神・天照大神にすり替えています。また一説によりますと持統天皇(鸕野讚良皇女:うののさららのひめみこ)は、皇太子だった草壁皇子はが、即位することなく亡くなってしまい、天武の皇子が数多残っていたにもかかわらず、自分自身が即位しました。孫の軽皇子(かるのみこ)の即位を実現するには、そうするほか手はなかったのです。当時としても女性が天皇になることに反対するものは多くいました。理論武装するために、伊勢神宮を女性に神にしたということです。


出雲国の神(三輪の神)とヤマトの神が大きく和するという意味で国名を「大和」にしたする説があります。しかしそれは間違いでしょう。大国主、事代主、スサノオは元々大和の主流派です。それをウツシコオは出雲とし、大和朝廷から切り離してしまったのです。


「伊勢と三輪の神、一体分身のおん事」は、出雲と大和は、本来は一体であったという意味だと思います。



※これまでの記事はこちらです。

※このプログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています。今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。

閲覧数:60回1件のコメント

最新記事

すべて表示
bottom of page