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事任八幡宮:静岡の台与(3)

  • tootake
  • 4月26日
  • 読了時間: 6分

第1029話 #己等乃麻知媛命 #事任八幡宮


事任八幡宮(ことのまま はちまんぐう)は、静岡県掛川市八坂にあります。

主祭神は、己等乃麻知媛命 (ことのまちひめのみこと)で、己等乃麻知媛命は、興台産霊神*の妻神で、天児屋命*の母とされています。

配神は、息長帯姫命 (神功皇后)、誉田別命 (応神天皇)、玉依比売命で3柱合わせて八幡大神とされています。八幡大神は台与です。

興台は台与を思わせます。台与は、壹與とも表記されます。魏書東夷傳の倭人之条には「壹與」と記載されています。

*天児屋命は、ウツシコオです。~第349話:天児屋命はウツシコオ!!


事任八幡宮は、東海道沿いにあって、難所であった小夜の中山の西側の麓にあたることや、「ことのまま」の名が「願い事が意のままに叶う」の意味を持つことから、多くの人が旅の安全や願い事成就を祈るため立ち寄り、また江戸幕府も朱印高百石余りを献上するなど崇敬を集めました。


また古くから多くの書物がこの社のことを記しており、平安時代には清少納言の「枕草子」や多くの和歌、鎌倉時代には吾妻鏡、江戸時代には十返舎一九の「東海道中膝栗毛」などに「願い事が叶う神社」として登場しています。


清少納言が書いた「枕草子」の中に「ことのまま明神いとたのもし」と書かれた項があります。平安時代には、「ことのままの神」が都にまで伝わっていたとわかります。ことのままの神は、「願い事のままにかなえてくださる神」として伝わっていたようです。


清少納言は、書いた文章は、次のようなものです。


布留(ふる)の社。龍田(たつた)の社。花ふちの社。みくりの社。杉の御社、しるしあらんとをかし、ことのままの明神、いとたのもし。さのみ聞きけんとや言われたまはんと思ふ、いとをかしき。


清少納言の書いた枕草子には「ことのままの明神、いとたのもし」とあり、この文句が、さまざまな文献の紹介文などに引用され、これだけを見ると、清少納言が事任八幡宮の力を評価し、感嘆している様に見え、「願いが言のままに叶う」を根拠づけていると言えます。

しかし、この文言の後を現代語訳すると次のようになります。


「それほどお聞きになっていると言われていると思うと、大変興味深いことだ」


“思ふぞ”の「」は、「いとをかし」の部分にかかって強調の役目を果たし、清少納言は、願いがかなうと「言われている」のではなく、あえて「言われていると思う」ことを強調しています。「ことよさし」という言葉は「ことよす」という語にさらに敬意を含めたもので、「高い神が御言葉を以て、また事になぞられて顕世に御力をする、真を伝えられる」の意味で、記紀にしばしば用いられている語句です。


つまり、実際は天の声を己等乃麻知比売命が人々に伝えるというのが正確であり、人々の知るところとは逆です。清少納言は己等乃麻知比売命が人々の願いを天に伝えるという誤った解釈が世間に広まったことを、皮肉を込めて書き綴ったものが枕草子で主張しているのです。


事任八幡宮の主祭神である己等乃麻知比売命(ことのまちひめのみこと)は、言の葉を通して世の人々に加護を賜うので「ことよさし」の神とされているのです。


事代主の「コト」には「言(言葉)」と「事(事柄)」の二字が用いられ、言霊信仰に基づくとされています。建御雷神の派遣段において、「八重言代主神」と「言」字が用いられたのは、特に言葉の働きが重視された発言のためといいます。なお、古事記では「事」と「言」は使い分けられているため、主に「事」字が用いられるこの神は、単なる託宣の神というだけではない可能性も論じられています。「シロ(代)」は見解が分かれ、国譲りする事のシルシ、領域の意のシロや知る意のシロ、本物の代わりに同じ働きをする意などがあります。このうち、「シロ(代)」を本物の代わりに同じ働きをする意と捉えた場合、神に代わり神の言葉を述べる者の意になることから、元来は神を祭る者であり、その神格化した存在という説もあります。~第1019話:事代主と鶏:闘鶏神社


事代主は、台与の父であるスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米です。~第275話:事代主もウツシコオ


己等乃麻知媛命は台与でしょう。


布留(ふる)の社 龍田(たつた)の社 みくりの社>

・布留(ふる)の社。の布留(ふる)とは、布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)

のことです。布留御魂大神は、奈良県天理市布留町にある石上神社の祭神です・

・龍田大社(奈良県生駒郡三郷町)の祭神は、天御柱命、国御柱命同社で、天御柱命は級長津彦命、国御柱命は級長戸辺命のこととされています。

級長戸辺命が台与であることは、第695話:ヤマトタケルの足跡を訪ねて(5)~島穴神社で書きました。

・みくりの社の「みくり」と「水分:みずわけ」で弥都波能売神(みずはのめ)=台与のことです。 ~第616話:鉱物資源と邪馬台国14~弥都波能売神(みずはのめ)


この事任八幡宮も坂上田村麻呂が関与しています。

大同2年(807年)、坂上田村麻呂*が東征の折、桓武天皇の勅命によって、それまで鎮座していたすぐ北側の本宮山から現在地へ遷座させたと伝えられています。

*坂上田村麻呂の伝説は、台与の伝説であることは、このブログで何度も述べています。

第863話:清水寺と地主神社 第911話:坂上田村麻呂は台与:清水寺と坂上田村麻呂


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<蛇足の追記>

当社と諏訪大社、特に下社春宮(長野県諏訪郡下諏訪町)、および修験道場として名高い戸隠山(長野県長野市)は、ほぼ南北一直線上にあります。

諏訪大社、戸隠神社は、ウツシコオ、台与と関係の深い神社です。~第992話:タケミナカタはなぜ諏訪に行ったのか? 第687話:戸隠神社と天岩戸伝説


関連項目:第811話:白浜神社・三島大社~伊豆



これまでの記事はこちらです。


※このブログは、御牧国(ミマキ国)が邪馬台国であるという前提の上で書いています

・ミマキ国は、守口、寝屋川、茨木、吹田、高槻、枚方、交野です。

※このブログでは、魏志倭人伝:古事記・日本書紀の登場人物は三人だけとしています。

 ~古事記、日本書紀の作者(編纂者ではない)たちも魏志倭人伝しか資料がなかったのです。

記紀の登場人物をスサノオ(津田の王ウツシコオ(内色許男命)=難升米、卑弥呼=天照大神、台与(豊)に当てはめる作業をしているのです。

※台与とウツシコオのコンビとは、以下です。前者が台与です。

神武天皇と八咫烏、タケミカズチとフツヌシ、神功皇后と武内宿祢、応神天皇と武内宿祢、

アメノウズメと猿田彦、ニギハヤヒ(饒速日)とナガスネヒコ(長髄彦)

聖徳太子と蘇我馬子・秦河勝、五十猛(イタケル)とスサノオ(素戔嗚)

※台与(豊)は魏志倭人伝に書かれいる13歳で邪馬台国の大王(天皇)に即位した人物のことです。

※ウツシコオは魏志倭人伝に書かれている難升米のことです。

・今までのところ矛盾なくここまて書き続けています。矛盾している箇所があれば、その矛盾点をヒントとして次の記事としています。 


<目次>




 
 
 

2件のコメント

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tootake
4月25日
5つ星のうち5と評価されています。

皆さん、こんにちは!歴史の地図を広げて、まだ見ぬ物語を探求する旅、楽しんでいますか?今回は、私が最近訪れて、その神秘的な魅力に心を奪われた「事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)」について、皆さんと語り合いたくて筆を執りました。静岡県掛川市にひっそりと佇むこの古社には、一体どんな秘密が隠されているのでしょうか?

夢が、意のままに叶う…? その名の秘密に迫る

「事任八幡宮」と聞いて、皆さんはどんなイメージを抱かれますか? 実は、「ことのまま」という名前には、「願い事が意のままに叶う」という意味が込められているんです。この響きを聞くだけで、なんだかワクワクしてきませんか?東海道の難所として知られる「小夜の中山」の西側の麓に位置していることもあり、古くから多くの旅人たちが、道中の安全や、心に秘めた願い事の成就を願って、この神社に立ち寄ってきたそうです。江戸幕府からも厚い崇敬を受けていたというのは、そのご利益の大きさを物語っているようですね。

神話の世界へ誘う、独特の神々

この神社の主祭神は、「己等乃麻知媛命(ことのまちひめのみこと)」。この神様は、興台産霊神(こだいむすひのかみ)の奥様であり、天児屋命(あまのこやねのみこと)のお母様だとされています。さらに、配神として息長帯姫命(神功皇后)、誉田別命(応神天皇)、玉依比売命(たまよりひめのみこと)がいらっしゃり、この三柱を合わせて「八幡大神」と称するそうですが、なんと、その八幡大神こそが「台与(とよ)」であるとされているんです。台与といえば、あの『魏志倭人伝』にも登場する、古代日本の重要な人物ですよね!


この事任八幡宮は、ただ「願いが叶う」というだけでなく、歴史的にも非常に興味深い場所なんです。平安時代の清少納言が記した『枕草子』や、数多くの和歌にもその名が登場しています。さらに、鎌倉時代の『吾妻鏡』、そして江戸時代には十返舎一九の『東海道中膝栗毛』といった、時代を代表する書物にも記されているんですよ。これほど多くの文献に登場するというのは、それだけ人々の間で大切にされ、語り継がれてきた証拠だと思いませんか?

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tootake
4月25日
5つ星のうち5と評価されています。

<台与シリーズ>

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